小岩歴史散歩 第2回 「鹿骨」縁起 其の二

今から10年前、江戸川区小岩に住んでおりました。その時、ある広報誌に掲載したものです。写真は散逸してしまい(悲しいかなSDが見つからない)、文章だけで申し訳ありませんが、当該地域の知り合いの間では(一部の人間関係のなかでだけ)評判になったものです。いささかの故あって、この度紹介いたします。

鹿島の神様、武甕槌命(たけのみやつちのみこと)を勧請したのは、768年に平城京鎮護のため創建された春日大社でした。

「春日大社って、あの、鹿がいっぱいいる奈良公園の?」 そうなんです!

言い伝えですが、鹿島大神は白い神鹿(しんろく)に乗って、大勢の鹿を引きつれ、1年がかりで奈良までお移りになったそうです。(一部には飛んで行った説もありますけれど)

・・・ということは、ご存知奈良公園のあの鹿は、鹿島神宮の鹿のお友達か兄弟の子孫だった‼ のです。

そして、我が小岩の「鹿骨」は、そのお移りになる途中、神様の杖の役割をしていた鹿が倒れたまさにその場所だったのです。

もちろん想像ですが、ツジツマはピタリです。これに気づいたとき、私は暫く声を失いました。

そしてさらに調べてみたくなったのは、・・・「ということは静岡あたりにも、鹿島の神様がお移りになった痕跡が残っているのでは?」ということでした。

これは、今度の異動で静岡か愛知になったら、その時、調べることにいたしましょう。

次回は、疑問は深まるばかりの「一里塚」についてです。

小岩歴史散歩 第1回 「鹿骨」縁起 其の一

今から10年前、江戸川区小岩に住んでおりました。その時、ある広報誌に掲載したものです。写真は散逸してしまい(悲しいかなSDが見つからない)、文章だけで申し訳ありませんが、当該地域の知り合いの間では(一部の人間関係のなかでだけ)評判になったものです。いささかの故あって、この度紹介いたします。

「鹿骨(ししぼね)」という地名、これって昔ここに鹿がいたってことでしょうか。転勤してきてすぐ、そんな疑問を持ちました。海が近いこの辺に、鹿。どうもイメージできません。

鹿骨3丁目の鹿骨小学校となりの「鹿見塚(ししみづか)」の碑にその答えはありました。

鹿島大神(おおかみ)がその昔、奈良に向かう途中で、杖としていた神鹿(しんろく)がこの地に倒れ、ここに祀られたのだそうです。

そうだったのか!と納得した、のですが、さらに次の疑問が涌いてきました。神様はなぜ、奈良までいったのだろう、奈良のどこに行ったのだろう? という疑問です。

鹿島神宮って、とても古い社(やしろ)です。「神宮」とつくのは、その昔は伊勢神宮、香取神宮、鹿島神宮、だけだったそうです。香取、鹿島の神宮は大和朝廷の前線基地だったって話もありますが、その格式の高い鹿島神宮から天照大神の命により、分霊して奈良の春日大社に向かったのだそうです。

なぜ、奈良から勧請されたのか・・・

そして「大ビックリ」は・・・、また次回をお楽しみに!!