沖縄滞在記 (11/7~11/27) 4日目 11月10日 オキカ 946ml 亀かめそば スーパー川平

OKICA(オキカ)を購入しました。

購入時は無記名でした。 後日、記名に変更しました。
記名にしても、定期にでもしない限り何も変わらないようです。

ゆいレールと路線バスで使えます。デポジット(保証金)が500円です。初回3000円を入金すると、2500円がチャージされました。これでバスとゆいレールは怖いものなしです。

 沖縄のバスは近距離を除いて、整理券で現金払いです。小銭がなければ、降りるとき両替して、必要額だけを自分で箱に入れるのが沖縄のバスです。お財布に1000円札だけは持っておかないと大変なことになります。過去の沖縄生活中に1度だけ、1000円札がなかったことがありました。5000円札だったか1万円札だったかの記憶はありませんが、とにかく、運転手さんがマイクで乗客に聞くんです。「5000円(1万円?)が崩せる方、いませんか?」 これがいらしたんです。ホント助かりました。

ただし、スイカ、ポスカと違うところは、タクシーではほとんど使えません。(第一交通はOK)ちなみに沖縄にはGOはありません。OKICAはコンビニもほとんどダメなようです。OKICAの皆さんの営業努力が望まれるところです。それにデポジットなんて不要でしょう。

琉球新報本社ビルの隣のビルです。

6年前からの疑問です。3階か4階にある中央の扉、これは何でしょうか。ご存じの方、いらっしゃれば(琉球新報の方はご存じでしょうけれど)教えてください。

沖縄の一見、1リットル牛乳パックは946mlです。下の方に書いてあります。

箱には「要冷蔵946ml、産地限定阿蘇山麓」でTOPVALUなのに。沖縄で箱詰めしてるんでしょうね。下のネスレも、おそろいで946mlです。これ、いかなる理由があるのでしょうか。

クォーター・ガロン(米1ガロンの1/4)なのはご承知の通りです。なぜ、沖縄で流通する1リットルもどきパックが揃って946mlなのか、業界の方、教えてください。本土のネスレ1Lと値段を比べたらどうでしょうか。輸送費がかかってるから比較不能かもしれませんね。

台風の多い沖縄ならではの建物に直接書き込む看板、それは見慣れた風景ですが、ここまできたか。巨大メッセージボードです。(笑) ここまで来ると。やるな!

「亀そば」発見! 10年ほど前、西町にあった、人気店です。昼時には店舗の外、たしかテントの下でもテーブルを置いていたと思います。フーチバー(沖縄よもぎ←厳密には違うんです)入れ放題だった記憶があります。当時私は沖縄初心者で、フーチバーを山のように入れる味覚がわかりませんでした。亀そばがどこかに移転する、という話は聞いたのですが、どこのことだかわかりませんでした。亀そばというブランドが良くて、エセ亀そばがある、なんて話も耳にしました。

お店に入って、聞いてみました。「10年ほど前、西町でしたか?」「そうです!」と嬉しそうな声。 「のれんを見かけて、10年ぶりに来ました」 

僕の記憶では「亀そば」だし、皆もそう呼んでいたのですが、暖簾を見ると「亀かめそば」です。

フーチバーそば
追いフーチバー後です。 フーチバー入れ放題なら、そもそもフーチバーそばにしなくて良いのでは? 

とても、美味いです! 21日間沖縄滞在するうちに20杯の沖縄そばを食べたと思うのですが、僕にはこちら亀かめそばが1番でした。

実は19日目にはついに「もう沖縄そばは、もういいや」と思ったのですが、20日目にはバス旅と歩きで、かなり歩いた末にやっと入った食堂で、ついまたそばを頼んでしまったのでした。しまった、とは思ったのです。ところが、です。21日目の最終日、空港で「亀かめそば、もっかい食べときゃよかった」と思ったのは確かです。

世界三大花木の一つ、ホウオウボクです。木なのにマメ科なんです。だから茶色い巨大サヤエンドウがぶら下がってます。

花が絶好調だとこうなります。

2016年5月29日の鳳凰木です。これが世界三大花木、さすがです。

地元スーパーの「スーパー川平」がなくなっちゃって、平らになっていました。これも悲しい。かつてあった場所を「この辺だよね」と行ったり来たりしちゃいました。地元食材を地元価格で販売していたお店でした。 色んなものを教えてもらいました。うりずん豆、茹でたターンム、ハンダマ、島ニンジン、ナーベラー(ヘチマ)、青パパイヤ、モウイ(赤瓜)・・・ マンゴーも市場には出回らないであろう黒い斑点だらけの(痛んでるのは皮だけ)もの、琵琶くらいの大きさ(要は小さい)もの、痛んだところを包丁で削ってトレーに入れたもの、などを格安で売っていました。ずいぶん楽しみました。

これは以前の画像です。この不気味な色した小さな琵琶型マンゴー、1パック495円でした。
でも中身はちゃんとマンゴーです。

では今日の写真から、クイズです。何と読むでしょう?

ニシヘージョーグヮー ・・・です。カナが振ってありますけど。

沖縄日記 11月11日 に続く

沖縄滞在記 (11/7~11/27)   3日目 11月9日 その② 太平通り 食事会

太平通り 続きです。

ムーチーとは餅です。といっても、もち米をついた餅ではありません。もち粉を練って、カーサ(サンニン、月桃の葉)で包んで蒸したものです。鬼餅とも書きますが、この由来については・・・  ご自身でお調べください。

フチャギは十五夜のヒヌカン(火の神)、仏壇へのお供え物です。ムーチーに塩ゆでした小豆をまぶしたものです。

左肩に見えるのはターンム(田芋)の茹でたものです。生では売っていません。痛むのが速いのだそうです。

シークワーサーです。種が多いですけど、外皮をむいて食します。
今、まさにシーズンです。

今晩は「とまりん」のそばの「すし食堂魚まる」で昔のチームの連中と会食です。丸5年以上ぶりです。昔話に花が咲きました。すっごい楽しく、時間が経つのが速くて、気が付いたら11時すぎ、って感じでした。

おしぼりをコースターにする、これは沖縄居酒屋でのお約束です。
スーチカーです。豚肉の塩漬けです。漬けると旨味が凝縮します。
冷蔵庫のないころ、塩漬けは長期保存の有効な方法でした。
昔は豚肉を食す機会はお正月とお盆くらいだったでしょうから。

沖縄日記 11月10日 に続く

沖縄滞在記 (11/7~11/27) 3日目 11月9日 その① レンタカー事情 大東そば くんぺん 太平通り 農連市場

午前中、雨降りだったこともあり、天気予報と相談しつつ、予定(行きたいところ)とカーシェア、飛行機、ホテルの予約などをやりました。

タイムズカーシェアのユーザーです。那覇には星の数ほど(オーバー)タイムズのステーションがあり、コロ助以前でも土日以外の当日予約はできました。ところが、今は空きが無いのです。マンション近くのステーションだと、明日で探してもなく、明後日もダメでした。3日後だとかろうじて何台か予約可能、という混みようです。

後日、ある那覇の飲食店のオーナーから聞いた話です。「インバウンドが来なくなって、レンタカー屋がつぶれちゃった。今、国内が戻ってきて、さあこれから思ったら、今度はクルマがないんです」

ある友人からですが、レンタカーで乗用車が無くて、軽トラで観光しているらしい、とLINEがありました。 カーシェアのほうがまだマシだったかもしれません。

下は「大東そば」と「大東寿司」です。


これには因縁がありまして、3年前、私は友人と南大東島を訪れました。当時現役だったもので、土日での訪問でした。そしたら、現地のお店が閉まっていて、共同売店のピーナツだのバナナをお昼にして空腹を誤魔化す、といった不幸に見舞われたのでした。翌日那覇に戻り、これまた空腹のまま、一直線にパラダイス通りの「大東そば」の店を目指したのでありました。と、ところが、「売り切れ」 なんてこと!

今回、那覇の大東そばのお店は浮島通りに移っていました。上の写真の大東そばのスープは大変おいしく、太麺で食べ応えもありました。大東寿司はサワラの漬けです。大東寿司は、いわゆる島寿司です。八丈島から伝えられたといいます。誰がいつ?はわかっていないそうです。ただ、八丈島ではカラシですが、大東島ではワサビです。昔は保存が効かないから漬けにしたのでしょうけれど、ワサビを使うということはそんなに昔のことではないですね。ワサビが大東島で採れるわけがないですから。

浮島通りにきたついでに、南東製菓に行って「くんぺん」を買おうと思いました。

こちらの「くんぺん」は、沖縄日記11月8日その①で紹介した琉音さんの食後の甘味として供されたものなんです。オーナーの小林さんから「南東製菓さんの「くんぺん」は餡にピーナツバターを使ってなくて、琉球時代の製法のままなんです」と紹介されました。 たしかにこちらの「くんぺん」は大きいのですが、1個まるまる食べても胸やけしません。家族向けのおみやげにひと箱買いました。

太平通りに入ります。ここは不思議な名前でして、公設市場側から見るアーケードには「太平通り」とあるのですが、開南側から見ると「大平通り」なんです。で、もっと不思議なのは、どうみても50年前で時間が止まっていることです。

太平通りを出ると、旧農連市場が新しくなって少し手前に移転していました。

残念ながら旧農連市場の写真が見当たりません。そりゃもうド迫力だったもので、暗くて、壁や梁には英語が入り交ります。市場の人用の天ぷら屋さんがあり、朝の7時前に、そこで安い天ぷらを買って、隣の沖縄そば屋に持ち込んで、天ぷらそばにして食べた覚えがあります。 下に、当時のいい加減さがわかる写真を1枚。

勇気を持ってボタンを押しますと、出てきたのは
American Cola FROM U.S.A 354ml という赤い、見たことのないシロモノでした。

沖縄日記 11月9日 その② に続く

沖縄滞在記 (11/7~11/27) 2日目 11月8日 その② 天尊廟

波上宮を降りてくると、天尊廟があります。このあたりは久米という地域です。福建から渡ってきた中国人を久米三十六姓と呼びました。その子孫には、前の前の沖縄県知事の仲井眞さんがいます。天尊とは道教での神様です。以前はここに孔子廟もありました。

天尊廟右側には天上聖母です。 媽祖の称号ですね。
海の安全、自然災害などから人々を守る女神様です。千里眼と順風耳に守られています。
左側は龍王殿と関帝廟ということで神様が同居しています。

さて沖縄スーパーの沖縄料理チェックです。

そーめんちゃんぷるーです。
本来のソーミンチャンプルーの味付けは塩だけ、と聞いたことがあります。
もずくの天ぷらです。これは大好き。
ジューシーは沖縄の炊き込みご飯です。和風出汁と豚肉の出汁で作ります。
東京でも見るようになったポー玉です。油みそ(アンダンスー)がミソかな。(w)

今晩は月食でした。昼間は小雨で期待していなかったのです。6年前の沖縄勤務時代の何人かに「帰るよ」と伝えておりましたら、LINEでほぼ同時に「見えてる」「見えなくなった」と連絡が入りました。実はその前にRBC琉球放送の生放送で「見えてます」と言ってたものですから、一回、外に出てみたのです。でも見当たらず、というか方向もわからず尻尾を巻いて帰ってきたのでした。ところがその後、3人から「見た?」「見えてる」「北東40度くらい」「見えなくなった」と同時進行でやりとりが始まりました。再出動しました。

ひらけた駐車場で、オバーが口を開けて夜空を見上げています。「月はこっちのほうに見えるんだ」「北東っていってますけど」「こっちだ」「おかしーなー、まさか北とニシ(北のウチナー口)を間違えてませんか?」などいう非生産的な会話が行われ、安謝のバス停に登ることになりました。安謝のバス停というのは、高架になっていて、階段で登るのです。オバーは両手で手すりをつかんで、よいしょ、よいしょ、と登るのです。ところが。残念ながら見えません。

あきらめてマンションにもどる道すがら、「こりゃ日頃の行いだね⤵」と思いつつ、ふと見上げると「あった!」のでありました。皆さんにLINEしたのは「見えた! なんで、意外とちっちぇんでやんの」でした。「こりゃ日頃の行いだ⤴」と思い、先ほどのオバーを探しに戻りましたが、もういませんでした。

沖縄日記 11月9日(作成中) に続く 

沖縄滞在記(11/7~11/27) 2日目 11月8日 その① おもろまち いなむどぅち ジャッキーステーキ 琉球料理 千日 池上宮 

古島の駅まで歩いてみました。ねぐらの近所は歩いてみるのが一番だと思っています。すると如何にも沖縄らしい道路案内標識が。

真っすぐ行くと「こちんだ」「はえばる」です。難読地名でしょうね。「こち」は東風、これには聞き覚えがあります。「東風吹かば にほひおこせよ梅の花  あるじなしとて 春な忘れそ」 菅原道真ですね。 「はえ」について、瀬戸内の少なくとも倉敷では南風をハエと呼びました。私は倉敷育ちなので知っているのです。(ひょっとしたら倉敷時代に本で得た知識かもしれませんけど)「原」について、九州でもハル、またはバルと呼ぶのを大分勤務を経験した私は知っていました。

左に曲がると浦添です。 浦添では12世紀半ば頃から、舜天王・英祖王・察度王と続く3つの王統が興り(舜天は伝説とも)、のちに尚巴志が三山統一して首里に都を移すまで首都でした。映画ハクソーリッジの舞台は「浦添よーどれ」です。

右に曲がると「おもろまち」です。この地名は古くからのものではありません。米軍から返還された土地を那覇の新都心としてデザインされた地域です。由来は「おもろさうし(そうし)」という尚王朝時代の歌集で「思い草紙」といった意味です。

さて、やってきました沖縄の食堂。沖縄料理「東雲」です。外観の写真を撮るの、忘れました。だって、やっと沖縄料理にありつけるんだもの!

沖縄の食堂によくある、セルフのフリードリンクです。
冷水、アイスコーヒー、アイスティーが飲み放題です。
「いなむどぅち」です。イナムルチとも。「猪もどき」の意です。
甘い白みそ、カステラかまぼこ、豚肉、こんにゃく、椎茸、油揚げ、です。
ミニ沖縄そば

「いなむどぅち」を出す食堂は、そんなに多くなく、東雲に行けば、ある!と知っていたので、まずは「いなむどぅち」を注文し、沖縄そばも食べたくてしかたなかったので、ミニ沖縄そばをいただいた、というわけでした。

コーレーグースです。島唐辛子を泡盛に漬けたものです。辛いもののない沖縄料理のなかで、
唯一辛い調味料です。液は泡盛ですから、入れすぎると顔が赤くなります。ご注意を。

「いなむどぅち」と沖縄そばでお腹はチャポンチャポンになりましたが、店を出て、すぐのところが東町郵便局です。そのポストがこれ。

ハーリーレースが描かれています。
反対側は旗頭(はたがしら)です。大綱引き、エイサーといったお祭りの際の地域のシンボル旗です。

下の写真はジャッキーステーキです。西町にある老舗ステーキハウスで、行列が常です。(観光客が多いけど) 赤身のステーキで、昨日の88のようには多店舗展開していません。88と同様、昔のAサイン店(Approved  for US forces:米軍承認店)でした。

昨日の88と違って、こちらの定番ステーキソースはA-1ソースです。
結構、酸っぱいです。

その後、閉業してしまった、琉音(りゅうね)という琉球料理のお店に行ってみました。かつて 琉球料理乃山本彩香 という正統派琉球料理のお店があり、それを受け継いで小林さん(ナイチャーです)が営んでいました。前日までの完全予約制で、基本3組しか入れなかったんです。

かつての琉音です。 今は違うお店になっていました。
琉球料理です。 居酒屋さんの沖縄料理とは違います。
「豆腐蓉 は6時間前からアルコールを飛ばしています」などとても丁寧な仕事をしていました。
この画像はfacebookからいただきました。実際には一品ずつの提供でした。

閉業はコロナが理由としか思えず、コロ助はなんて残酷なんだ、と本当に思っています。実は久茂地の琉球料理「ままや」さんも閉業してしまいました。

ブラブラ歩きを続けます。

シーサーかと思ったらネコでした。
50年を超す老舗沖縄食堂です。こちらは元気なようで安心しました。
後日行こうと思います。

琉球国の一之宮、波上宮(なみのうえぐう、通称なんみんさま)を目指すことにしました。もう一遍、沖縄に帰ってこれた、お礼を言いたいと思ったもので。

途中にある甘味処です。沖縄そばが旨いともいわれます。

これまた老舗の甘味処、千日です。元気に営業してました。
クーラー無しなので、僕には夏はムリ、11月の今こそ「ぜんざい」を味わうチャンスなのです。
お店の中は「氷」の文字でいっぱいです。11月ですけど。
沖縄の「ぜんざい」は、かき氷の下に金時豆のアンコです。
千日のかき氷はフワフワで定評があります。

琉球一之宮、波上宮です。

熊野信仰と琉球王国総鎮守の融合が行われているようです。

だいぶ長くなりましたので、この回はここまでです。

11月8日 2日目 その② に続く。

沖縄滞在記(11/7~11/27) 1日目 11月7日 その② バス停近くのウィークリーマンション 88ステーキ 沖縄食材

コロ助前からの3年、そりゃ長いよね、と思いつつも「だるま屋」がインバウンドに依存していたとも思えず、オヤジがトシだから、とかならしょうがない、などと思いながらタクシーに乗り込んで、借りたウィークリーマンションに向かいました。

場所は安謝橋バス停徒歩1分です。以前の沖縄生活の経験で、那覇市、浦添市あたりでクルマが無くて、どこに住むかにあたりモノレールの駅に近いのは基本です。しかしもともと電車のない沖縄、実はバス網がメッチャ充実しているのを知っていました。モノレール駅近と、ひょっとしたら同等以上に幹線道路のバス停は便利なんです。

マンションを借りるにあたって「安謝橋」と聞いて即決したのは、安謝橋から那覇バスターミナルに向かう(これを上りと言うのでしょうか)のは、そのほとんどがBT(バスターミナル)行、または経由するのです。那覇BTはモノレール旭橋駅に隣接しています。安謝橋バス停からは一部、おもろまち駅行、または経由があります。 つまりモノレールの駅までトコトコ何分か歩くよりも、よっぽど楽で便利、と考えたからでした。

若干、予想外だったのは、マンションが下り側(北谷方向)で、那覇BT行きとは58号線(ゴッパチ)を挟んで反対側だったところです。那覇BTを起点に考えるので、どうしても上りに乗る頻度が高いわけです。安謝橋付近のゴッパチは片側2車線、中央分離帯が高架の片側2車線分もあり、上りと下りで合計8車線分という太さなんです。高齢者は青信号1回では渡り切れず、中央分離帯で2回目の青を待つのを目撃しました。1回で渡るには、僕でも急ぎ足になります。 というくらいで「安謝橋バス停まで徒歩1分」では実質、なかったわけです。

さて、初めてのウィークリーマンションです。郵便ポストからの鍵の取り出しにひと苦労がありましたが、そこは不動産会社さんごとの問題だと思われ、ここでは省略します。部屋の状況はこんな感じ。

食器、布団一式、タオル類は持ち帰り可だそうです
ガス乾燥機付きはありがたいです

荷物を降ろしたあとは、空腹をなんとかするために、外に出ました。タクで来るとき、ゴッパチ沿いには近くにコンビニはなかったのを知っています。外に出たら赤いネオンサインの光。それに釣られてゴッパチを渡ってみると・・

88は沖縄の老舗チェーンですが、1,000円で「Jr.」が付いてる店は初めてです

300gです。ステーキソースは88では「No.1ソース」が定番です。

石垣牛だの本部牛はありません。白米、写真のサラダと肉汁は食べ放題です。ライス無料とは知らず、ガーリックライスを頼んでしまいました。ということはつまり、です。1000円ステーキを頼んで、ライスと肉汁でお腹をいっぱいにしちゃうことが可能です。肉と味のほうは、値段相応というところでした。

88の同じ敷地、お隣にMAX VALUがありました。ネットで見てみると24H営業です。ネグラのとなりに巨大冷蔵庫、ということになります。明日の朝ご飯を仕込みに行きました。

上段が「くーぶいりちー」198円、「だいこんいりちー」198円
イリチーとは「炒り付け」です。
下段はデミグラスハンバーグ98円です。こっちのほうが安いのは違和感が。
東京のスーパーではもう姿を消したスイカが絶好調です。
北部の今帰仁(なきじん)産です。さすが沖縄。
沖縄にしかない、軟骨ソーキ、なかみ汁(内臓肉)です。僕には懐かしさでいっぱいです。
沖縄の「ぜんさい」のアンコは金時豆です。
ぜんざい、というと「かき氷」を意味することが多いです。

発祥は宮古島と承知していますが、ぐしけんパンも作っています

沖縄日記 11月8日 に続く

2022年沖縄滞在記 (11/7~11/27)  1日目 11月7日 その① ゆいレールの切符 だるま屋の宮古そば

沖縄に帰ってきました。

コロ助のおかげで3年ぶりの沖縄です。この3年ぶりの旅行が終了すると、私はまもなく65歳となり再雇用も満了、という運びになりました。(今はまだ65歳前ですが、有休消化でお休みなんです)

ということで、行くぞ(帰るぞ)沖縄! 初めてのウィークリーマンションなんてのを借りまして、ANAの3日前割引を使って、当初16日間の沖縄訪問を企図したのでありました。3日後には沖縄に行くんだ、理由はないけど16日間行くんだ、という根拠レスな信念のもと、一気に飛行機と宿のチケット予約にトライしたのです。そしたら、これが出来ちゃうものなのでありました。(たぶんローシーズンの11月だから)

後日加筆:家の都合で沖縄滞在が5日伸び、3週間という長旅になりました(もはや旅行ではなく、「滞在」と言うべきかと思いまして、タイトルを変更しました)

羽田からは、高校生の修学旅行と一緒でした。そんなシーズンなんですね。 3日前に予約した席が最前列通路側という、旅慣れた人(仕方なく何度も乗る人)が指定する席を取れた(たぶんダイアモンドメンバーが、たまたまキャンセルした)こともあり、kindleで山本一力に集中し、快適な空の旅でした。

とは云うものの、機内ではBluetoothのイヤホンでアマゾンミュージックがOKだと思っていたのですが、うまくいきません。ご存じの方、教えていただけると助かります。

那覇空港に到着したとき、結構、空腹でした。近いところで、「そうだ、だるま屋の宮古そばか、みそ汁だ!」と思い、最寄りの旭橋駅までモノレールを使うことにしました。切符を買うと、切符にQRコードがあり、ああ、これは改札でピッてするんだよね、と思い出しました。

この切符は後日の古島から旭橋のものです。
右にQRコードがあります。端っこに塗りつぶしがあるからでしょうか、QRリーダーでは読み取れません。(ド素人)

電車のなかで、宮古そばとみそ汁、どっちにしようか。え~い、両方か。いや待てよ、そりゃ多いだろ、「みそ汁のご飯はいらないよ」と言おうか、それでもみそ汁とそばの出汁でお腹がチャポンチャポンになるんじゃないか、などと心配しながら旭橋駅で降車しまして、テクテク歩き出しました。この頃には霧雨交じりの蒸し暑さに、懐かしさと不快を感じづつ、久々の沖縄、最初のメシは「だるま屋」の宮古そばだ、というい思いでゴチゴチになっていたのでありました。 

しかし、これが記憶よりも結構遠いんです。金秀の先かと思いきや、パシフィックホテルよりもまだ先で、「おっかしーなー」と思いつつ、空腹と相まって期待はいや増すのでありました。

着いた!と思った黄色い建物、なのですが、ん?看板が違う。念のためと思って眺めたメニューも異なるものでした。大ショックです。 だるま屋は昔、行きつけだった床屋の大将から「みそ汁が旨いよ。飲んだ後はだるま屋のみそ汁だ」「ステーキじゃないんですか」「胃が疲れるだろ」とかいって紹介されて、僕もお気に入りになって、3年ぶりの沖縄メシはだるま屋の宮古そばだ!と決めていたのに、何てこと!

在りし日の「だるま屋」 どうです、この風格ある佇まい!

だるま屋の宮古そばは「正調」宮古そばだと思っています。具が麺の下に隠れているのです。また、フーチバー入りみそ汁がお気に入りで、タマゴは無しが僕の主義だったのです。う~、空腹と歩いた疲労も重なって、「ショック、大!」なのでありました。

今はなきだるま屋の宮古そば

11月7日 1日目 その② に続く

驚きの「チコちゃんに叱られる」

NHKで9月19日(土)「チコちゃんに叱られる」再放送で2つの驚きがありました。今回はその番組の紹介です。引用というか、丸写しなことをお許しください。

チコちゃんの問いかけは「ねぇねぇ岡村、お弁当のタコのウインナーって、どうしてタコなの?」でした。(だったと記憶しています)

その答えが凄い!「琉球王家の次男が少食だったから!」

これには私も見当がつきませんでした。

琉球王朝最後の王様「尚泰」、その息子が「光」、孫が「明」、その長男が「卓」、次男が「承」(つぐる)  ※皆さま敬称略で申し訳ありません。

承さんが子供のころ、食べることが嫌いで母の道子さんはお弁当に苦労したのだそうです。

唯一の好物が卵とキュウリのサンドイッチで、その付け合わせに当時の赤いウインナーを入れたのだけれど、当時の赤い皮は堅かったのです。それに滑る。

そこで縦に切れ目を入れて炒めたら、タコの形になった。これが始まりだそうです。

尚道子さんは料理のコンクールで優勝し、NHK「きょうの料理」のスタートから長年出演されたのだそうです。

さらに驚き。

道子さんの妹が、岸朝子さん。あの、料理の鉄人に出ていた「おいしゅうございます」の女性だったのだそうです。 名門の一族だったんですね。

尚さんちは琉球処分で東京に移されて、お怒りもあったと思うのですが、道子さんの父「明」さんは住宅公団副総裁になられ、日本独自の「ダイニングキッチン」という間取りを考案されたのだそうです。

尚家の皆さん、素敵です。上記のことを私の記憶として、また、たまたまこのブログをご覧になった方に知っていただきたくて記事にしました。

ちなみにですが、TVに出演された承さんは、とてもハンサムで俳優さんで通ると思います。

首里城が燃えてしまいました。戦争による破壊からの、守礼門、識名園などの復元の際には(みんなの募金とは言うものの)尚家からの寄付が相当大きかったと聞いています。

尚家の皆さんには感謝し、尊敬申し上げます。

2019年那覇・南大東島旅行 4日目(最終日)

8:15気象台に行きました。

ウインドプロファイラー(看板によると:風向、風速を測るんだそうです)

毎朝8:30にラジオゾンデを打ち上げます。気球にセンサーを搭載して、地上から高度約30kmまでの大気の状態(気圧、気温、湿度、風向・風速等)を計測するのだそうです。打ち上げの様子はこちら・・・

打ち上がるのは25秒後です ちょっとお待ちください

この打ち上げを見ていたのは我々2人ともう一人、ビターチョコレート色に日焼けしたオジサンでした。オジサンは気象について知識があるようでした。なんでも、日本中をドローンとサーフィンで廻っているとのことでした。

ドローンも大型になると結構な風にも耐えられるし、自動で戻ってきたり、障害をよける機能なんてのも付いてるんだそうです。たしかに、ここ何日間か風が強い南大東島でのドローン映像を見せてくれました。へ~、こんな人もいるんだ、と面白くなりました。

その後、池の傍を通りがかると、友人が「あの人たちがいる」とクルマを止めてバックさせました。昨日、同じ飛行機で大東島に来て、飛行機をバックにお互いに写真を撮りっこした人たちです。多分ご夫婦。ホテルも同じで、今朝の朝食時も一緒でした。

夫婦でウェーダー(胴長靴)を着込んで、水辺で網をのぞきこんでいるのです。「何してるんですか?」「バレたか」・・怪しいのはもうわかってます。「水生昆虫を調べてます」「ゲンゴロウとかですか?」「もっと小さいの」

池の写真がこれしかありません。。 オヒルギ群落の展望台からです、

網の中には2㎜くらいの、そりゃ小さな、虫らしきゴマ粒がいました。去年、奄美で新種を発見したんだそうです。相当お目出たいことであることはわかる気がします。記念ポロシャツを作って、それをクルマから引っ張り出して見せてくれました。申し訳ないことに虫の名前は、その場で失念してしまいましたけれど。

1日中、ひたすら水辺で手網をすくい上げ、入ったものをチェックするのだそうです。2㎜くらいの虫を探して。「ヘンな物入りませんか?カメとかヘビとか」「ヘビはあんまり入らないな」 南大東島は大陸とくっついたことがないので、新種、亜種が期待できるのはわかります。 頑張ってください、と水生昆虫学者夫婦と別れました。

うふあがり島(大東島)なんて、変な人しか来ないのかな、と思う一方「そか、変な人は変なヤツと仲良くなるんだ」と思い、自分で納得したのでありました。

海軍棒プールです。岩礁を砕いて、プールにしたものですが、本日の「晴れたり台風だったり」の天気ではこうなります。どこがプールだか・・・

10秒後に見えてくる波の線がプールの縁だと思います

う~ん、大東島だ。この暴れっぷりと海の色。私も友人も無言でしばらく眺めていました。

旧南大東空港、(株)グレイスラムに行きました。

サトウキビを原料に、コルコルというラム酒を作っています。お土産とTシャツを買いました。これ、きっとレアだと思います。。

今回の旅行は「食」にはツキがなく、一昨日はイラブーがなかったし、昨日は中途半端な時間で食堂が閉まっていましたし、今日は日曜でそもそも休み、なのでありました。昨日のお昼なんてバナナ1本とピーナツ(友人はシージャーキー)、今日は那覇までお預けです。南大島空港にはカップラーメンしかないのです。大東島に来て、大東そばも大東すしも食べてないなんて。私としたことが。 しゃーない、那覇で食べるぞ!と決意したのでした。

風に揺られ、遅れながらも那覇空港に到着。遅れたせいで、お昼を食べる時間もなく、渋滞が怖くてタクシーにも乗らず、モノレールで首里城に到着、即まちまーいのガイドをお願いしたのでした。

首里城は着々復元が進んでいて、たまに来ると新しい庭、建物があります。

定番コースですが何年かに1度は参加するべきコースだと思います。でも私みたいなのがいるとガイドさん、面倒だろうな、と思いつつ。 ・・Orz. 

その後、那覇には大東そばを出す店を2つあるのを知っていて、ニューパラダイス通りにタクシーを飛ばしました。「元祖大東そば」で降りたのですが、なんと、そばも、すしも売り切れとのこと。すでに午後4時ごろです。空腹のあまりたまたま目に入った花笠食堂に入りました。

そこで、ナーベラーンブシー、ポーク卵、煮込み、沖縄そばを頼みました。とにかく、ガッツいて食しました。

このお店、正しくは食堂花笠2号店だそうで、平和通りの先の花笠食堂とも58号線の花笠とも違うんだそうです。でもいいんです。美味しかったから。

こうして那覇空港にたどり着き・・・ のんびりするどころか、ゆっくり食事の間もないほどの慌ただしい(充実した、と同意味だと思っている)那覇・南大東島2人旅行は終了したのでした。

お腹いっぱいだし、飛行機の中ではぐっすりでした。私の方は、羽田に着いて、空港リムジンバスに小走りで飛び乗るという荒業というか、最後までパンパンの旅でありました。(乗れてラッキー!)

後日、会社の同僚から、「何しに大東島行ったんですか。大東島に観光に行くなんて聞いたことがない」と云われ、思わず答えに迷いました。こんなに刺激的で、美ししさに見とれ、興味深く、他人との会話が面白い24時間をどう伝えたらいいのか、難しかったのです。

本土の人が、初めて宮古に行くのはとてもお勧めです。そりゃまずは宮古に行くべきだと思います。宮古の海に心奪われます。

2度目は大東島がお薦めだ、と断言できます。私もいつか一晩かけてフェリーで再訪し、クレーンで上陸してみたいものです。そして今回できなかった、現地の大東ずしを食し、インガンダルマを試し、光るキノコを見て、オオコウモリと出会いたいものです。 ・・・宿題、あるなぁ。

2019年那覇・南大東島旅行 3日目

9:45那覇空港をボンバルディアで出発しました。カッコいいです。

南大東島空港です。

空港でレンタを借りましたが、これがまた、塗装の剥げたポンコツ軽自動車。しかし走り出すと・・

内地の人には珍しいウージ(サトウキビ)畑 ザワワ、ザワワ、

友人はこの光景に早くもヤラれたようです。

まずはバリバリ岩に向かいました。これには私が大興奮! 年に7センチも本島に近づいている、のが実感できます。

続いて港に行ってみましたが・・・

今日の南大東島は熱帯低気圧の影響を受け「晴れ、ときどき台風」なのです。晴れるとこうなります。

うーん、この色。宮古島の甘い青と違って、透明感があり、引き込まれそうな青。
ここに、亀さんが息継ぎしに上がってきたのです。携帯を出すの、間に合わなかった。。

釣りをしている若い衆がいました。サビキで20㎝のムロアジを釣り上げ、それを生餌にカンパチなど青物を狙っています。私も一時期海釣りにハマった頃があり、海釣り談議で盛り上がりました。私の友人は「大東島では岸壁からマグロが釣れる」と那覇で聞き込んできていました。本当か尋ねると「あそこにブイがありますね。あそこで(深さ)18メートル」とのこと。岸壁からマグロは可能なのでした。

彼から「23日に豊年祭りがあって、そこで相撲大会をやる。その番付を決める相撲を今晩やる」と聞きました。 ・・・これは行ってみなくちゃ。

漁港に行きました。これが、凄い。まあ、ご覧ください。

岩盤掘込み式漁港だそうです。人工の入り江を作ったのです。海に近い岩盤を掘って掘って掘りまくり、最後に左側の海からの入り口を切ったのだそうです。右側の圧倒的な崖というか、岩壁の圧力は物凄いものでした。

よくもまあ、これだけの穴をあけたもんです。

星野洞という鍾乳洞に行きました。ここは前日の予約が必要です。カギを開けに来る人が必要だからです。南大東島のことだし、観光用に整備なんてされてないだろ、という予想で(去年の西表島のケービングの記憶があって)、トレッキングシューズを履いてきたのですが、これがビックリ。帰りは動く歩道で戻れるほどの整備ぶり。

あとで聞いたのですが、竹下さんが首相のときの「ふるさと創生」で1億円配ったお金で整備したんだそうです。これは良い使い方をした、と思いました。鍾乳洞はとても、非常に、美しかったのです。

岡山県育ちの私には鍾乳洞は身近な存在で、井倉洞、地底湖のある満奇洞、山口県ですが秋芳洞など、いずれも複数回行ったことがあるのです。それらと比べて、星野洞は美しいのです。広さこそ、秋芳洞に譲りますが、白さ、細~い鍾乳管など、とても綺麗でした。

来場者があるまで扉を閉めておくのは、滅多に人が来ないからではなく、湿度の管理に目的があるのでした。星野洞の鍾乳石、石筍、石柱は「生きている」のです。だから綺麗なんですね。

次は日の丸展望台です。展望台といってもマンションの4階くらいです。今日は「晴れ、時々台風」という天気で、明日の帰りの飛行機が心配になるほどの風でした。

島がすり鉢状なことがわかります。空との境目は山ではなく、海でもなく、防風林なのです。 15秒後には低い虹が見えます。

ホテルよしざとに泊まります。このホテルがまた内地の常識と違います。3階の私の部屋は洋室で、トイレは独立ですが、お風呂と洗面所が一部屋で、でも湯船と洗面台の間にはカーテンがありません。床には湯桶と椅子まで用意してあり、洗面台の下までビショビショにならざるを得ないのです。1階和室を割り振られた友人の部屋は、湯船もなくシャワーだけ、洗面台もトイレも一緒の空間で「床が濡れるでしょ」とホテルの人に言うと「サンダルを履いて、洗面台やトイレは使う」のだと教えてもらったそうです。なるほど。それはそれで・・

友人の撮った画像です。二重の虹なんて、初めて見ました

ふるさと文化センターで村役場の作った「島の名所・名物」という立派な本をいただいて、ホテルで夕食をいただいたあと、釣りの若い衆から聞いていた相撲を見物に行きました。同じ相手と三番勝負を行い、いろんな人と対戦を重ねて番付を決めるようです。きっちりマワシを締めて、真剣にぶつかり合います。四角に審判もいます。面白く、1時間ほども観戦していました。

遠景です。本格的でした。

ナイトツアーを予約していました。大きなコウモリを見たいのと、星を見たい、と希望していました。ガイドの東さんから電話があり「この風では生き物が出てこない。見てきたけどいない」とのことでした。ツアーは中止です。

そこでもう一つの目的、インガンダルマとナワキリを食しに居酒屋を探しに出ました。といっても居酒屋は「在所」と呼ばれる地域に数件しかありません。

入ったお店で「インガンダルマある?」と聞くと、アンマーは残念そうに「2人前残ってたんだけどね」「(ダンナが)出しちゃえっていうからアソコに」 アソコには地元の衆が酒盛りをしているのでした。取り返してきそうな勢いだったのですが、「いいです、ナワキリください」ということで、ナワキリのバター焼きとフギ炒めをいただきました。ナワキリって、骨が皮から生えてるような、並びです。

結構、刺激的で中身の詰まった1日でした。(いつもの事ながら)明日午前中まで、南大東島です。明日は何が待っているのでしょうか。