NHK クラシック音楽館「指揮者なしのオーケストラ 第九に挑む!」これは凄い。

表題の番組は、兄弟で「迫力のマルチ画面!指揮なしのオーケストラ第九に挑む」という番組もあります。二つの番組は実は同じコンサートのドキュメンタリーです。

前者は「トリトン晴れた海のオーケストラ」が指揮者なしで、ベートーヴェンの交響曲第九番を演奏者が楽譜から作り上げる物語でした。私はこれにシビれまして、録画を3度見ました。

年末、後者の放送があり、これは第九を通しで見せて(聴かせて)くれました。これが感激モノで、鳥肌が立ちました。最後はプレーヤーの映像も手伝って、ウルウル来ました。演奏者一人一人の呼吸、視線が良くわかりました。久しぶりに集中して聴き通しました。コンサートホールではない第九に、これほど集中したのは、いつ以来かと考えてしまうほどの名演でした。

過去、私が一番シビれた第九はフルトヴェングラーの「バイロイトの第九」(1951年録音)でした。 45年以上も前、私が学生の時、三畳一間の下宿で、FMラジオから流れた第九に「ホルン、落ちたよ(音をはずした)」と思いつつ、4楽章では感動と感激で涙したものでした。もちろん、当時のことですから、のちに「バイロイトの第九」と呼ばれる名演奏だなんて知る由もありません。 ・・ん~、なんて感受性の豊かな時代だったのでしょう。

余談です。 年齢を重ねるごとに、残念なことに感受性は薄れ、音楽で涙することはなくなってしまいました。(それに絶対音感を持っていたのですが、加齢により今ではほぼ全音、高く聞こえてしまいます。スコアを見ながら聴くとき、目と耳で修正が必要です)

指揮者なしの「晴れオケ」の第九は。ひょっとしたら、学生の時以来の感激だったかもしれません。

番組はコンサート・マスターの矢部達也さんが「皆さん100回とか200回とか弾いた方もいるかもしれないんですけど(300回くらいやってる、の声)、そういう経験とか蓄積とかノウハウはものすごい大事なんですけど、とりあえずそれは今置いておいて、今はじめて楽譜を見てやっているという感じでいきたいんです」という言葉から始まります。

ご覧の通り、アタマは2ndバイオリンとチェロの「刻み」で始まります。セコバイのトップ、双紙正哉さんの呼吸で、チェロとアイコンタクトを取りつつ始まります。(指揮者がいないから)

するとコンマスの矢部さんが「あのー、出だしのところなんですけど、なんでトレモロじゃないんでしょうね?」

双紙さん「やっぱり6連符って、16音符でもないし32分音符でもないし、6連。6連が(ベートーヴェンは)欲しかった・・」

確かに6連符です。ベートーヴェンは音の「6つの粒」が欲しかったはずだ、と彼らは思いました。

演ってみると・・・ 矢部さん「すごくいい感じだと思う」 するとコントラバストップの池松宏さん「(音が)でかすぎると思うんだけど」「なんか合うことにすごい神経がいってる気がして、それよりも。なんかね」

それぞれプロオケのコンマスだったり、首席奏者で芸大教授だったりする人たちが、こんなに自分の思いを表に出してをぶつけあうのです。凄いです。

実は筆者ヘンデルは学生オーケストラの一員でした。ニックネームがヘンデルってくらいで、クラシックファンです。本ブログのドメインはブラームス-シンフォニー . ネットです。学生のアマチュアオケの団員としては、指揮者の指示、意図通りに演奏すれば良くて、褒めてもらえれば嬉しくて、そうすれば良い演奏になった、というのが正直なところです。指揮者の先生から解釈を教えてもらうと、「そうなのか!ブルックナーはそう描いたのか!」と目を丸くするような、純真な若者だったのでありました。

番組のナレーション  晴れオケのメンバーは、何十年という時間を楽器の演奏に捧げ、音楽と対峙してきたプロフェッショナルです。それぞれの経験と能力を持ち寄って、一つの音楽を作り上げる、晴れオケの演奏の魅力はそこにあるのです。

番組は「見せ場で輝くプレーヤーを堪能すべし」となります。登場するのがセコバイ2列目の直江智紗子さんです。彼女は神奈川フィルのセカンドのトップです。

自分の映像を見ながら 「弾いちゃってますね~。ここ大好きなんですよ」「セカンドの刻みの真骨頂」

1stバイオリン3列目の会田莉凡さん(札幌交響楽団コンサートミストレス)「ちーちゃん、めっちゃ弾いてると思ったら、双紙さん(セコバイトップ)その倍くらい(弾いてた)、なんか」  

要はセコバイの皆さん、シビれまくってたってことですね、プロなのに。 それは、羨ましいです。

次の登場はティンパニの岡田全弘さん(読売日本交響楽団首席ティンパニ奏者)

ここでは間違いなく、ティンパニが場を支配しました。指揮者でした。

「自分が誰にも合わせないで、その前に来たテンポのまま叩いてる。皆さんが僕の音を聴いてくれてるんですよね。これ、聴かないと合わないんですよ」

数年前の記憶で、プロ・アマ混成オケでしたけど、エロイカ(ベートーヴェン交響曲第3番)を聴いたときに、プロのティンパニ奏者が指揮者と、寸分のゆるみの無い一体感でステージをリードした演奏を鮮明に覚えています。その時も感銘を受けたのですが、今回の晴れオケのティンパニ、岡田さんはその時、指揮者だったと思います。

見せ場で輝くプレーヤーは派手な音ばかりではありません。1stバイオリンのトップサイド、渡邉ゆづきさん(都響副首席)の言葉。

「(コントラバスの)池松さんのD(デー:レ)は本当に『春が来た!』みたいな感じで、すごいあったかい音だったので、もうこのレの中で全部弾こうと思って(笑)」

池松さんは凄い人だと存じ上げていますが、それにしてもプロのバイオリニストからピアニシモの音に対して、最大級の賛辞です。

会田莉凡さん、映像を見ながら「あ~、今んとこなんで矢部さんが振り返ったのかって、なんでだっけって思い出した」 直江智紗子さん「なんでだっけ」

※すみません。画像が何故かサイズの変更が出来ず、アップできません。第2楽章322小節目、(U)の手前です。

莉凡さん「タッ、タッ、タッ、タのピチカートを、私最後のリハーサル、ゲネプロの時に『これってクレッシェンドしないんですか?』って言いに行っちゃったんだよね」(笑) 直江さん「へぇ~」

莉凡さん「ピチカートのクレッシェンドもしていい?」 矢部さん「もちろん、しましょう」 「あんまりしてるように聞こえなくて」 矢部さん「そうだね。聴きすぎて」 莉凡さん「三列目だから・・・」

さすがのリボンさんでも、大先輩の矢部さんには相当、遠慮しつつも、ぜんぜん遠慮してない様子がとても可愛らしかったです。実は私の旧勤務先の同僚に、相当レベルの高いアマオケのバイオリニストがおりまして、彼女がリボンさんやコントラバスの池部さんを存じ上げているのです。

では最後のエピソードです。 実はここでもお見せしたい楽譜がアップロードできません。でも第九の4楽章、有名で印象的な、それまでの1楽章、2楽章、3楽章の音楽を否定するチェロとコントラバスのレチタティーヴォ(語るように)のところです。そもそもこのチェロとコントラバスの曲調が「人が語るような」どころではない流れであり、演奏なのですが、なんでもこのあとのバリトンの独唱に連なるものだそうなので、それはそれです。

ゲネプロ(ゲネラル・プローベ:最後の通し稽古)のあとで、コントラバスとチェロの人たちが残っています。 コントラバスの池部さんとチェロのトップ、山本裕康さんが話をしているのです。

チェロとしてはコントラバスの音の上に乗りたい、のだけれど、チェロはコントラバスの前に座っているので、タイミングが取れない。(指揮者がいれば、思い通りのことができるのだが)という話で、結局、同時に出ることで速度が速くなることになりました。コンマスの矢部さんはオーボエの広田さんに、広田さんはトランペットの高橋さんに、本番前に連携したのでした。 結果、本番では聴いたこともない、ムッチャ切れの良いレチタティーヴォになりました。

チェロの山本裕康さん「こんだけ大勢の人がまったく違うことを考えてても、ひとつのことに向かって必死になってる、そういう瞬間ってなんか尊いですね」

コンマス矢部さん「同じ楽譜であっても、いろんなメッセージをみんなが受け取るんだけど、それも含めて全部許容するのがベートーヴェンの偉大さだと思うし、この音楽が何百年も生き残ている理由っていうのは、そこにあると思うんですね」

私は音楽ってのは「アンサンブル」だと思っています。太古の昔、遠くの仲間を呼ぶのに二人で大声を出したら、たまたまハモッた、これが原点ではないかと思っています。(←個人の見解です) その極大化した形が80人のオーケストラではないでしょうか。

私は好きで縦笛、横笛を吹くのですが(どちらも全く独学)、誰かとお互い初見で合わせるのが大好きです。初見の楽譜を演奏するときには、目前の楽譜と自分の音と隣の人の音しかない、すべての感覚が集中した、純粋な時間が流れるからです。そんな時間はもう何年も経験していませんけれど。

またいずれ、音楽の話でお会いします。

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