小岩歴史散歩 第1回 「鹿骨」縁起 其の一

今から10年前、江戸川区小岩に住んでおりました。その時、ある広報誌に掲載したものです。写真は散逸してしまい(悲しいかなSDが見つからない)、文章だけで申し訳ありませんが、当該地域の知り合いの間では(一部の人間関係のなかでだけ)評判になったものです。いささかの故あって、この度紹介いたします。

「鹿骨(ししぼね)」という地名、これって昔ここに鹿がいたってことでしょうか。転勤してきてすぐ、そんな疑問を持ちました。海が近いこの辺に、鹿。どうもイメージできません。

鹿骨3丁目の鹿骨小学校となりの「鹿見塚(ししみづか)」の碑にその答えはありました。

鹿島大神(おおかみ)がその昔、奈良に向かう途中で、杖としていた神鹿(しんろく)がこの地に倒れ、ここに祀られたのだそうです。

そうだったのか!と納得した、のですが、さらに次の疑問が涌いてきました。神様はなぜ、奈良までいったのだろう、奈良のどこに行ったのだろう? という疑問です。

鹿島神宮って、とても古い社(やしろ)です。「神宮」とつくのは、その昔は伊勢神宮、香取神宮、鹿島神宮、だけだったそうです。香取、鹿島の神宮は大和朝廷の前線基地だったって話もありますが、その格式の高い鹿島神宮から天照大神の命により、分霊して奈良の春日大社に向かったのだそうです。

なぜ、奈良から勧請されたのか・・・

そして「大ビックリ」は・・・、また次回をお楽しみに!!

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