2019年那覇・南大東島旅行 4日目(最終日)

8:15気象台に行きました。

ウインドプロファイラー(看板によると:風向、風速を測るんだそうです)

毎朝8:30にラジオゾンデを打ち上げます。気球にセンサーを搭載して、地上から高度約30kmまでの大気の状態(気圧、気温、湿度、風向・風速等)を計測するのだそうです。打ち上げの様子はこちら・・・

打ち上がるのは25秒後です ちょっとお待ちください

この打ち上げを見ていたのは我々2人ともう一人、ビターチョコレート色に日焼けしたオジサンでした。オジサンは気象について知識があるようでした。なんでも、日本中をドローンとサーフィンで廻っているとのことでした。

ドローンも大型になると結構な風にも耐えられるし、自動で戻ってきたり、障害をよける機能なんてのも付いてるんだそうです。たしかに、ここ何日間か風が強い南大東島でのドローン映像を見せてくれました。へ~、こんな人もいるんだ、と面白くなりました。

その後、池の傍を通りがかると、友人が「あの人たちがいる」とクルマを止めてバックさせました。昨日、同じ飛行機で大東島に来て、飛行機をバックにお互いに写真を撮りっこした人たちです。多分ご夫婦。ホテルも同じで、今朝の朝食時も一緒でした。

夫婦でウェーダー(胴長靴)を着込んで、水辺で網をのぞきこんでいるのです。「何してるんですか?」「バレたか」・・怪しいのはもうわかってます。「水生昆虫を調べてます」「ゲンゴロウとかですか?」「もっと小さいの」

池の写真がこれしかありません。。 オヒルギ群落の展望台からです、

網の中には2㎜くらいの、そりゃ小さな、虫らしきゴマ粒がいました。去年、奄美で新種を発見したんだそうです。相当お目出たいことであることはわかる気がします。記念ポロシャツを作って、それをクルマから引っ張り出して見せてくれました。申し訳ないことに虫の名前は、その場で失念してしまいましたけれど。

1日中、ひたすら水辺で手網をすくい上げ、入ったものをチェックするのだそうです。2㎜くらいの虫を探して。「ヘンな物入りませんか?カメとかヘビとか」「ヘビはあんまり入らないな」 南大東島は大陸とくっついたことがないので、新種、亜種が期待できるのはわかります。 頑張ってください、と水生昆虫学者夫婦と別れました。

うふあがり島(大東島)なんて、変な人しか来ないのかな、と思う一方「そか、変な人は変なヤツと仲良くなるんだ」と思い、自分で納得したのでありました。

海軍棒プールです。岩礁を砕いて、プールにしたものですが、本日の「晴れたり台風だったり」の天気ではこうなります。どこがプールだか・・・

10秒後に見えてくる波の線がプールの縁だと思います

う~ん、大東島だ。この暴れっぷりと海の色。私も友人も無言でしばらく眺めていました。

旧南大東空港、(株)グレイスラムに行きました。

サトウキビを原料に、コルコルというラム酒を作っています。お土産とTシャツを買いました。これ、きっとレアだと思います。。

今回の旅行は「食」にはツキがなく、一昨日はイラブーがなかったし、昨日は中途半端な時間で食堂が閉まっていましたし、今日は日曜でそもそも休み、なのでありました。昨日のお昼なんてバナナ1本とピーナツ(友人はシージャーキー)、今日は那覇までお預けです。南大島空港にはカップラーメンしかないのです。大東島に来て、大東そばも大東すしも食べてないなんて。私としたことが。 しゃーない、那覇で食べるぞ!と決意したのでした。

風に揺られ、遅れながらも那覇空港に到着。遅れたせいで、お昼を食べる時間もなく、渋滞が怖くてタクシーにも乗らず、モノレールで首里城に到着、即まちまーいのガイドをお願いしたのでした。

首里城は着々復元が進んでいて、たまに来ると新しい庭、建物があります。

定番コースですが何年かに1度は参加するべきコースだと思います。でも私みたいなのがいるとガイドさん、面倒だろうな、と思いつつ。 ・・Orz. 

その後、那覇には大東そばを出す店を2つあるのを知っていて、ニューパラダイス通りにタクシーを飛ばしました。「元祖大東そば」で降りたのですが、なんと、そばも、すしも売り切れとのこと。すでに午後4時ごろです。空腹のあまりたまたま目に入った花笠食堂に入りました。

そこで、ナーベラーンブシー、ポーク卵、煮込み、沖縄そばを頼みました。とにかく、ガッツいて食しました。

このお店、正しくは食堂花笠2号店だそうで、平和通りの先の花笠食堂とも58号線の花笠とも違うんだそうです。でもいいんです。美味しかったから。

こうして那覇空港にたどり着き・・・ のんびりするどころか、ゆっくり食事の間もないほどの慌ただしい(充実した、と同意味だと思っている)那覇・南大東島2人旅行は終了したのでした。

お腹いっぱいだし、飛行機の中ではぐっすりでした。私の方は、羽田に着いて、空港リムジンバスに小走りで飛び乗るという荒業というか、最後までパンパンの旅でありました。(乗れてラッキー!)

後日、会社の同僚から、「何しに大東島行ったんですか。大東島に観光に行くなんて聞いたことがない」と云われ、思わず答えに迷いました。こんなに刺激的で、美ししさに見とれ、興味深く、他人との会話が面白い24時間をどう伝えたらいいのか、難しかったのです。

本土の人が、初めて宮古に行くのはとてもお勧めです。そりゃまずは宮古に行くべきだと思います。宮古の海に心奪われます。

2度目は大東島がお薦めだ、と断言できます。私もいつか一晩かけてフェリーで再訪し、クレーンで上陸してみたいものです。そして今回できなかった、現地の大東ずしを食し、インガンダルマを試し、光るキノコを見て、オオコウモリと出会いたいものです。 ・・・宿題、あるなぁ。

2019年那覇・南大東島旅行 3日目

9:45那覇空港をボンバルディアで出発しました。カッコいいです。

南大東島空港です。

空港でレンタを借りましたが、これがまた、塗装の剥げたポンコツ軽自動車。しかし走り出すと・・

内地の人には珍しいウージ(サトウキビ)畑 ザワワ、ザワワ、

友人はこの光景に早くもヤラれたようです。

まずはバリバリ岩に向かいました。これには私が大興奮! 年に7センチも本島に近づいている、のが実感できます。

続いて港に行ってみましたが・・・

今日の南大東島は熱帯低気圧の影響を受け「晴れ、ときどき台風」なのです。晴れるとこうなります。

うーん、この色。宮古島の甘い青と違って、透明感があり、引き込まれそうな青。
ここに、亀さんが息継ぎしに上がってきたのです。携帯を出すの、間に合わなかった。。

釣りをしている若い衆がいました。サビキで20㎝のムロアジを釣り上げ、それを生餌にカンパチなど青物を狙っています。私も一時期海釣りにハマった頃があり、海釣り談議で盛り上がりました。私の友人は「大東島では岸壁からマグロが釣れる」と那覇で聞き込んできていました。本当か尋ねると「あそこにブイがありますね。あそこで(深さ)18メートル」とのこと。岸壁からマグロは可能なのでした。

彼から「23日に豊年祭りがあって、そこで相撲大会をやる。その番付を決める相撲を今晩やる」と聞きました。 ・・・これは行ってみなくちゃ。

漁港に行きました。これが、凄い。まあ、ご覧ください。

岩盤掘込み式漁港だそうです。人工の入り江を作ったのです。海に近い岩盤を掘って掘って掘りまくり、最後に左側の海からの入り口を切ったのだそうです。右側の圧倒的な崖というか、岩壁の圧力は物凄いものでした。

よくもまあ、これだけの穴をあけたもんです。

星野洞という鍾乳洞に行きました。ここは前日の予約が必要です。カギを開けに来る人が必要だからです。南大東島のことだし、観光用に整備なんてされてないだろ、という予想で(去年の西表島のケービングの記憶があって)、トレッキングシューズを履いてきたのですが、これがビックリ。帰りは動く歩道で戻れるほどの整備ぶり。

あとで聞いたのですが、竹下さんが首相のときの「ふるさと創生」で1億円配ったお金で整備したんだそうです。これは良い使い方をした、と思いました。鍾乳洞はとても、非常に、美しかったのです。

岡山県育ちの私には鍾乳洞は身近な存在で、井倉洞、地底湖のある満奇洞、山口県ですが秋芳洞など、いずれも複数回行ったことがあるのです。それらと比べて、星野洞は美しいのです。広さこそ、秋芳洞に譲りますが、白さ、細~い鍾乳管など、とても綺麗でした。

来場者があるまで扉を閉めておくのは、滅多に人が来ないからではなく、湿度の管理に目的があるのでした。星野洞の鍾乳石、石筍、石柱は「生きている」のです。だから綺麗なんですね。

次は日の丸展望台です。展望台といってもマンションの4階くらいです。今日は「晴れ、時々台風」という天気で、明日の帰りの飛行機が心配になるほどの風でした。

島がすり鉢状なことがわかります。空との境目は山ではなく、海でもなく、防風林なのです。 15秒後には低い虹が見えます。

ホテルよしざとに泊まります。このホテルがまた内地の常識と違います。3階の私の部屋は洋室で、トイレは独立ですが、お風呂と洗面所が一部屋で、でも湯船と洗面台の間にはカーテンがありません。床には湯桶と椅子まで用意してあり、洗面台の下までビショビショにならざるを得ないのです。1階和室を割り振られた友人の部屋は、湯船もなくシャワーだけ、洗面台もトイレも一緒の空間で「床が濡れるでしょ」とホテルの人に言うと「サンダルを履いて、洗面台やトイレは使う」のだと教えてもらったそうです。なるほど。それはそれで・・

友人の撮った画像です。二重の虹なんて、初めて見ました

ふるさと文化センターで村役場の作った「島の名所・名物」という立派な本をいただいて、ホテルで夕食をいただいたあと、釣りの若い衆から聞いていた相撲を見物に行きました。同じ相手と三番勝負を行い、いろんな人と対戦を重ねて番付を決めるようです。きっちりマワシを締めて、真剣にぶつかり合います。四角に審判もいます。面白く、1時間ほども観戦していました。

遠景です。本格的でした。

ナイトツアーを予約していました。大きなコウモリを見たいのと、星を見たい、と希望していました。ガイドの東さんから電話があり「この風では生き物が出てこない。見てきたけどいない」とのことでした。ツアーは中止です。

そこでもう一つの目的、インガンダルマとナワキリを食しに居酒屋を探しに出ました。といっても居酒屋は「在所」と呼ばれる地域に数件しかありません。

入ったお店で「インガンダルマある?」と聞くと、アンマーは残念そうに「2人前残ってたんだけどね」「(ダンナが)出しちゃえっていうからアソコに」 アソコには地元の衆が酒盛りをしているのでした。取り返してきそうな勢いだったのですが、「いいです、ナワキリください」ということで、ナワキリのバター焼きとフギ炒めをいただきました。ナワキリって、骨が皮から生えてるような、並びです。

結構、刺激的で中身の詰まった1日でした。(いつもの事ながら)明日午前中まで、南大東島です。明日は何が待っているのでしょうか。

2019年那覇・南大東島旅行 2日目

朝食は「沖縄第一ホテルの朝食」を予約していました。十数品目出てきて、600カロリーで、器も見事、と聞いていたし、ネットでも見ていました。

松山の交差点から、一銀通りを入った右側です。というか、私にとっては「神戸バー仲々」の隣、です。「仲々」は大好きで、10回くらい行ったと思います。バーなんですけど、神戸牛と石垣牛のステーキ食べ比べができます。ピザやカレーなんてサイドメニューに至るまで、出てくるものがどれも美味しいのです。

さて沖縄第一ホテルです。

朝8時、9時、10時の入れ替え制で、1回3組です。予約が必須です。で、出てきたお料理がこちら。

パンはあわてて食べてしまい、写真に撮るの、忘れました。他にも何枚かお料理がありました。冬瓜漬けは「謝花きっぱん店のですか?」と尋ねると、「そこしか作ってない」とのことでした。

ミルク神のお面

梁にはミルク神のお面、お料理にはオオタニワタリということからすると、八重山出身のオーナー、料理人と思われます。

私は「これがオオタニワタリだ」と思って食べたことがなく(あのお店のラフテーにはオオタニワタリが添えられていたはず、というのはありました)、長年の課題が叶いました。

西町の金秀(にしのまち市場)で友人と待ち合わせしました。沖縄のスーパーにはあっても、本土の皆さんには珍しいであろう食材を紹介します。

西町金秀の向かいにある「だるま屋そば」で「みそ汁」(局地的に有名)を食べたかったのですが、まだ開店していないし、久高島に渡るフェリーの時間までに、垣花樋川に行きたいってこともあり、だるま屋はグッとこらえて出発しました。

垣花樋川(かきのはなヒ-ジャー)は日本名水百選に選ばれています。

かなりの坂を下りて行きます。前回は足裏が薄いサンダルで、断念したのです。途中 イーユクイイシヌヒライサー(上休み石の平石) なんてのがあるくらいです。

その後時間があったので「カフェくるくま」に向かいました。

レモンを入れると色が変わるハーブティー

オサレな絶景の人気店で、平日の昼前だというのに待ってる人がいました。僕たちはテラスでOKということで、すぐ入れました。

前回、私はバスで海沿いを来て、急坂を歩いて登り、発掘中の知念城に立ち寄り、くるくまで一服し、沖縄刑務所に抜けて、往きとは違うバス路線で帰ったのでした。あらためて、凄いことやったな~、と思うほどの坂でした。

さて、いよいよ久高島です。友人は2度目、私は4度目の訪問です。斎場御嶽(せいふぁーうたき)から拝むのがこの島です。すべてが神様のもので、一草一石とも持ち出してはいけません。フボー御嶽という何人たりとも立ち入れない場所、男子禁制の区域なんてものあります。

島でイラブー汁を食す予定でした。カミンチュ(神人)のオバーが手づかみで捕獲して燻製にするのです。島には3軒の食堂があるのですが、3軒ともイラブーはありませんでした。しかたなく、マース煮(魚の塩煮:沖縄のアクアパッツア)を食しました。

今はガイドさんがいます。内間さんにお願いしました。自前の軽で廻ります。

カベール岬

イラブー汁がない理由がわかりました。明日、燻製にするのだそうです。もっとも燻製にするのに何日もかかるそうですけれど。燻製小屋の裏には金網のなかに、ヘビがウネウネといっぱいいました。これが燻製小屋だなんて、地元のガイドさんじゃないと、わからないですよね。

五穀が流れ着いたイシキ浜、イザイホーが行われる久高殿など案内してもらって、やっぱりガイドさん、いたほうがいいよね、と認識を新たにしました。

帰りに富盛のウフシーサー(沖縄最古のシーサーと云われる)を見れるかと思ったのですが、結構ギリというかピッタリの時間でレンタカーを返し、夕食に向かいました。

久茂地交差点の1本うら、アグーしゃぶしゃぶの「まつもと」です。友人が遊びにきたときは、こちらにお世話になるのがお約束です。でも、今日は二人。肉の皿に花は咲きませんでした。(涙) でも味はいつも同様、すっごく美味しかったす。

明日はいよいよ、南大東島です。天気はなんとかなりそうです。熱帯低気圧は近いけど。

2019年那覇・南大東島旅行 1日目

高校時代の友人との年に一度の沖縄旅行が、いつの頃からか恒例になりました。
岡山在住の彼とは那覇で待ち合わせです。

今年、那覇から何処に行こうかとなった時に、友人の希望は屋久島でした。縄文杉は確かに興味津々、魅力的でしたが、時あたかも屋久島豪雨のニュースのあとでした。その時の映像で、皆さん本格的な登山姿だったことを記憶していて、私の思いは「マジか」でした。

調べてみると、那覇からは鹿児島経由のほかなく、1泊ツアーとなることを考慮すると、週末お手軽旅行は「ムリ」となりました。

2案としては、打って変わっておとなしく久米島でした。はての浜は物凄くチャーミングでしたが、どうせ「何にもない田舎に行くなら」と思うと、もうちょい刺激を求めて大東島ってどうだろうと思いつきました。

南大東島って、台風の時に聞く名前でしかありませんでした。ネットで引くと・・・

南大東島の資料画像です。グーグルからお借りしました。フェリーは5日に一度の入港なので、タイミングが合わないとこの写真は撮れないのです。

砂浜がなく、岩壁を削った港からは人も物もクレーンで上陸、でした。島の中央が一番海抜が低く、大陸とくっついたことがないので独自の生態系が・・ とのことでした。「これは行ってみるしかない、飛行機はあるし」(フェリーだと、欠航率が高いのです) ということで、「のんびりしたい」という思いと裏腹、今年も刺激的な旅行プランになったのでありました。

私は木曜日に那覇入り、金曜に友人と合流、久高島に行って、土・日に南大東島、という計画です。北大東島という選択もあったのですが、南でも十分田舎なのに、もっと田舎なので・・・

前週に台風は行き過ぎ、快晴の那覇空港に到着。おもろまちのホテルに向かうモノレールの中で中身そばが食べたくなり、那覇在住時代の同僚からラインで教えてもらった浦添の高江洲そばに行くことにしました。思い付きでしたので、足としてカーシェアを予約しました。2~3時間の足としては最適です。

予約したクルマがなんとこれ。ハスラーです。一度乗ってみたかった。なんたって、可愛いですもんね。で、浦添の高江洲そばの中身そばがこちら。

じゅーしーおにぎり付き。「中身」というのは豚の中身、つまり内蔵なのですが、何度も茹でることで臭みはありません。鰹だしのやさしいスープで、食感を楽しむものだと思ってます。高江洲そばは有名店で大きな店舗ですが、お昼を過ぎてもまだ満席でした。実は高江洲そばは「ゆし豆腐そば」の元祖だそうです。ゆし豆腐というのは「おぼろ豆腐」の沖縄版ですが、私は今日は「ナカミ」と決めてました。

期待通りの味に満足しました。

おもろまちのホテルにチェックインして、その後、那覇まちまーい(有料ガイド)の「那覇の市場迷宮めぐり」に参加しました。             那覇まちまーいはこちら  http://naha-machima-i.com

このガイドツアーはお薦めです。那覇在住時代少なくとも30数回は参加しました。たいてい参加費は1000円で90分程度、一人でも催行されます。

沖縄赴任から東京に戻って2年、基本に戻って公設市場に行ってきました。公設市場は建て替えするのだそうです。農連市場も綺麗になったと聞きますし、古い沖縄の、良き怪しげな雰囲気がなくなるのはちょっと残念な気もします。

あの独特の匂いがなくなり、オバーも入れ替わり、多少小綺麗になって、でも変わらないものは変わらずで、またそこから新しい歴史が始まるんだと思います。

夜は以前の職場の仲間たちと2年ぶりの再会でした。なんか「1週間夏休みとってきた」程度の久しぶり感でしたが、当時の新人(8期の皆さん)はやっぱりちょっと落ち着いたかな、って気もしました。そりゃ当時ハタチ前後の若者が、2年経てば、人生経験が1割増えたんですもんね。

さて明日は友人と合流、垣花樋川と久高島です。3度目の久高はガイドをお願いしていますし、久しぶりのイラブー(海ヘビ)を食すのが楽しみです。

2018年西表島旅行(その4)

朝、ホテルの朝食も取らずに送迎バスでフェリー乗り場へ。すると驚きの知らせです。上原港発石垣行きフェリーはまた欠航とのこと。僕たちが来た昨日しか動かなかったのです。なんてラッキー。そういえば、昨日の夜は上空の風が強かったもの。おかげで綺麗な星空を眺められたわけです。

大原港からはフェリーが出るということで、迎えのバスにのって約1時間。そういえば、西表島は、道が島を一周していません。途中で行き止まりになります。昨日ドライブしてて分かったのですが、道の突き当りからは船が出ているのです。集落と集落は船で行き来する環境なのでした。

フェリーは順調に進み、石垣着。その後竹富島に渡ります。

これが竹富島です。

ん~、希望通りの竹富島です。

屋根にはチョコンとシーサーが乗り、外壁には水字貝。壁に2つ並んでいる、角のはえた貝のことです。これは沖縄では魔除けです。貝殻の穴から魔物を吸い取ってくれるのだそうです。

白い道に満足しました。

西桟橋に行きました。

竹富島の海です。
満喫しました。満足しました。

石垣島にもどり、飛行機までの時間、そばを食べて、箱亀というTシャツ屋さんに行きました。

そもそも、もう一人のとても仲のいい友人がこの店の「やーるー」柄(ヤモリ柄)のシャツがお気に入りなのです。

前回石垣に来た時には、お金を託され、ヤールーのTシャツを買ってきてくれと頼まれたのです。

その際私も「箱亀」柄のTシャツにハマってしまいました。

ハマったのは私だけではなく、今一緒にいる友人は後日ネットでお取り寄せしていたのでありました。

というくらいのオヤジキラーのTシャツ屋さんなのであります。店員のおねえさんが別嬪さんだから、という理由もないではありませんが、が、が・・・

以上で西表島旅行を終了し、石垣空港から羽田直行便で帰ったのでありました。たった2日のことです。なんて実の詰まった時間だったのでしょう。 友人は羽田で乗り換えて、岡山までまた飛んだのでありました。・・お疲れさました。

2018年11月西表島旅行(その3)

ネットで見ると、上原港便が今日は運航しています。台風で1週間以上欠航が続いていたのすが、今日は運航。素晴らしい。

実は私の相方、友人は岡山県民で「晴れの国」出身の晴れ男を自称しているのです。さすがは、というところです。

まずは石垣の海です。

石垣空港からダッシュでフェリー乗り場へ。フェリー乗り場の海の色がすでに違います。

そういえばフェリー乗り場のお弁当の値段に感激。

ご覧のとおりの青空の西表島に到着です。

西表の海の色です。宮古や石垣と、やっぱちょっと違う、どっちが良いじゃなくて、色味が違う気がします。

お昼は八重山そばに野菜を載せたものです。沖縄のそばらしくコシのあまりない麺でした。

さていよいよケービングのスタートです。

「濡れてもいい服ですね」と聞かれ、普通に「いいですよ」と答えました。

私も友人も岡山育ちで、鍾乳洞は珍しいものではありません。岡山には井倉洞、満奇洞があり、何度か行ったことがありました。

しかし頭にランプをつけて行くなんてことはなく、せいぜい頭をかがめるくらいのことでした。

さて西表では・・・

滑ってころんで、ジーンズには泥がベッタリ、肘まで泥が・・・

最後は水の流れる中、四つん這いで進まないと抜けられない穴をくぐりぬけました。友人はパンツまで水につかりました。

この年になって、こんな態勢で水に浸かりながら苦しい思いをするなんて・・

濡れてもいい恰好ですね、という確認ではなく、「濡れますから着替えを持ってきてください、持ってますか?」と訊くべきだと思いました。

まあしかし、面白かったです。何より、今までやったこともなければ、今後やることもないだろう体験をさせてもらいました。ありがとう、です。

星砂の浜に行きました。星砂を自分で見つけることは何年来の私の夢でもありました。何度か本島や離島で探しましたが見つかりませんでした。今回、西表の星砂の浜ということで、きっと見つかる、と思っていました。

ありました。だけどとても小さく、最初の感想は「残念」でした。

星砂の浜で星砂を売る!?というお土産屋台が一店だけありました。そこで売っている星砂は本島のお土産屋さんのものと同じ、茶色くて立派な大きさでした。

「こんなのなかったよ。もっとすごくちっちゃいのしかなかった」と言うと、おじさん、「これは輸入だから」とのことでした。

これが西表の星砂です。チョーちっちゃい。1mmちょっとしかありません。でもだから愛らしく思います。ひょっとしたら今までも、見ていたのかもしれません。お土産屋さんで売ってる星砂が見つからなかっただけで。

さて、ホテルの部屋です。気持ちの良い部屋です。

部屋のベランダで酒など飲みつつ休憩しました。(私は喘息持ちで禁酒してます) 11月という沖縄にはベストシーズンらしく(あと3月もいいです)気持ちの良い空気と温度と夕焼けでした。ただちょっと星空ツアーにはご覧の通り、雲、多いんじゃね?と気にしてました。

さて、夜も更け、いよいよ星空ツアーです。これがまた晴れ男の本領発揮、たまげるほどの、ものすごい威力で満天の星空となりました。台風の影響で昨日までフェリーが欠航する天気だったのですが・・・

ツアーの車が目的地に着き、友人が先に降りたのです。降りる途中で彼は夜空を見上げ、「お、お~・・・」と言葉を失いました。天の川が普通に見えているのです。これは衝撃。

パイナップル畑の真ん中でクルマをとめ、シートを広げてゴロンして星空を見上げます。 残念ですが、カメラは携帯しかなく、星空は写せません。こちらのポスターでご勘弁。星空保護区なんだそうです。

端のほうには雲もあるのですが、上空には風が結構あって、眺めているうちに流れて行きます。流れ星がピュンピュン飛びます。狙ったわけではないのですが、新月で、まさに満天の星です。色んな星が見えすぎて、わかった星座はカシオペア座だけでした。

私の人生には過去2回、息をのむ経験があります。今日が3回目です。人生3大ビックリと呼びます。 ・・そのうちの2回は今日の友人と一緒でした。

後日談ですが、友人とのLINEで「人生3大ビックリだった」と書くと、彼から「人生10大ビックリを目指そう」と返事がきました。私はこのセリフにシビれています。彼はこんな、大きな優しさを持っているのです。

星空に後ろ髪を引かれながら、ホテルに戻る途中、ライトに照らされ道にボコボコ盛り上がりの影が・・  降りてみると

ヤシガニです。

星空ツアーが雨の時、夜のジャングルツアーに切り替えて、ヤシガニを探すのだそうですが、僕たち両方見れて、ラッキーでした。

コイツの甲羅はとても固く、ヘタするとタイヤがパンクするそうです。

茹でて食べたら美味しそう、なんて思ってはいけません。野生種には毒があるそうです。 下は資料映像です。

以前の那覇市内の居酒屋でのヤシガニです。正直あまり美味しくありません。

さて、今日のところはこの辺で。明日は竹富です。

2018年西表島旅行(その4)に続く  

2018年11月西表島旅行(その2)

金曜日、会社には休暇をいただき、ゆっくり午後から那覇へ向かいました。着時間は16:05です。

西表島には、翌日1便で石垣空港に飛んで、そこからフェリーです。実は今朝も上原港便は欠航でした。明日は運航するよう祈っています。

まず小禄(沖縄風にはウルク)のホテルにチェックインしました。そこで友人と待ち合わせです。ホテルは空港から2番目に近いところです。1番近いのには団体さんが入ってて満室でした。

ソッコーでお土産を買いに国際通りと公設市場周辺に向かいました。私が自宅を買った不動産屋さん、ハウスメーカーさん、母がお世話になっている施設とNPOの皆さん、いきつけのチャンコ屋、勤務先、家族と娘の生徒さんたちに、大量に買い付け発送しました。6年も住んでたもので、どことどこで何を買うのかわかっているので手早いものです。

今回、友人に「橘餅」(きっぱん)を紹介しました。今は謝花きっぱん店(じゃばな)でしか作っていません。九年母という柑橘を炊いて練って作ります。

写真の右側の、中が緑色のほうが橘餅です。「もう今日の分は売り切れです」と言われたのですが、東京から来たので、ぜひ味見で1個だけ、とお願いして明日の販売分から分けていただきました。

左側の茶色は冬瓜漬けです。砂糖漬けなのでとても甘いのですが、冬瓜の風味を感じます。

那覇の夕食は、沖縄勤務時代に一緒に仕事をした2人と一緒に「琉音」(りゅうね)を予約しました。琉音は琉球料理研究家の山本彩香さんを受け継ぐお店です。今のマスターは千葉の市川出身だそうですけど。

とにかく落ち着いた店で、高級すぎず、沖縄時代の家から近く、私にはとても居心地の良い店なのです。ただし、コース料理のみの完全予約制です。ご注意ください。

琉球料理は居酒屋の沖縄料理とは相当違います。例えば、ご存知「ゴーヤーチャンプルー」は「ゴーヤと豆腐の油炒め」と思っている人は多いと思ます。

でも伝統的なお店のものは、ゴーヤーが出汁に浸っていたりします。とてもやさしい味なのです。沖縄は暑いところなのに、琉球料理にはコーレーグース以外に基本、辛い物がありません。油ギトギトのものもありません。

琉音のお料理の一端です。


お通しにあたります。豆腐餻 (とうふよう)です。3時間前からアルコールを飛ばしたそうです。右下の耳かきみたいなもので、少しずつ削って食します。

                  

上の容器はカラカラと云って、泡盛の入れ物です。生(き)でいただくのが本来です。

お皿の半円形のものは田芋(たーんむ)を煮たものです。左の黒いのは「みぬだる」と言います。豚肉を出汁で煮て、胡麻を乗せたものです。てぃんぷらはゴーヤー(綿ははずしてない)と島らっきょうです。

ゆし豆腐です。本土でいうおぼろ豆腐です。出汁に泳がせています。やさしい味です。

ジーマーミー豆腐です。落花生を絞って、イムクジ(芋のくず:でんぷん)を加えます。胡麻豆腐の場合だと葛を加えるわけです。

スーチキーです。豚肉の塩漬けを戻したものです。

葉裏が紫の野菜はハンダマです。少しヌルっとします。これは加賀の金時草が伝わったものと思っています。申し訳ないですけど、私が食したなかでは、金時草の方が肉厚で柔らかいと思っています。

加賀と沖縄って意外とつながっていて、昔は北前船が沖縄まで来ていたそうなんです。北海道の昆布を積んで、琉球経由で中国に輸出していたんです。建前からすると密輸です。

中国からの帰り船は漢方薬を加賀に運んだわけです。ナルホド、ですね。

加賀の漆器は有名ですが、沖縄の琉球漆器もたいしたものです。沖縄の湿気が漆にはいいんだそうです。堆錦(ついきん:漆をもり上げる技法)といった独自技術もあります。 ・・琉球漆器はまた別の機会に取り上げます。

「ソーミンタシヤー」です。ソーメンの炒め物です。味付けは塩のみ、青ネギを散らし、島らっきょうを加えています。茹で加減と塩の量がすべてです。

このほかにも、どぅるわかしー(田芋、出汁、豚肉、椎茸を練り合わせたもの)、ラフテー(いわば角煮)、豚飯(とぅんはん:出汁をかけてお茶漬け式豚肉入りご飯)、デザートは西国米(しーくーびー:タピオカ)など色々いただき、お腹いっぱいになりました。

ところで、こうしてみると、お魚料理がありません。やっぱ舌の肥えた人たち(昔の支配者層)は暖かい海の魚は美味しくないことを知っていたのかもしれません。

食後、4人でジャズクラブの「パーカーズムード」に行きました。ここも私のお気に入りです。たまたま今日はゲストに中村真(まこと)さんが来ていて、楽しいライブでした。

左の写真は以前の資料映像です。ギターの人がオーナーです。悪魔的な上手さです。この日はドラムスがオランダ人、クラリネットは米軍楽隊から飛び入り参加です。

沖縄入り初日でした。明日からいよいよ西表です。

2018年西表島旅行(その3)につづく 

2018年11月西表島旅行(その1)

高校時代の友人が、この夏仕事で大変な苦労をしました。その彼から「沖縄、一緒に行かない?」と誘われました。

この夏、禁煙を果たした私に「沖縄、行こう」という誘いでした。私は15の夏から(高校からですけど)45年に及ぶ喫煙習慣から抜け出して3カ月というところでした。数時間の禁煙が嫌で、ずっと海外旅行は念頭にありませんでした、というほどのタバコ好きだったのです。

「お互い、ご褒美旅行」と云うことで、私が沖縄から帰って1年半の間で2度目の沖縄旅行が決まりました。

過去、彼とは多分5回、沖縄旅行をしています。というか、私の単身赴任先に毎年、他の友人たちと旅行に来ていたのです。

6回目ともなると、オタクと呼ばれることを誉め言葉と思っている私でも、訪れるところに迷い ①基本に戻って首里城あたり ②つい避けてきた戦跡巡り ③2度目の離島(離島の離島を含む) の選択肢を示しました。

すると返ってきた答えが、離島の離島の極み付け「波照間島」‼ でした。

今は飛行機はないと聞いていたので、土曜に行って、日曜に帰ってこれるのか、宿はあるのか、の調べから始まりました。

すると「フェリーの欠航率」が10月11月は、29%とか30%なことがわかりました。

石垣島まで行って「欠航」となった時に泊まるところはあるのかとか、欠航率が30%ということは行きと帰りで、「3割バッターが2打席のどっちかでヒット打つのと同じ確率だよね」と気づきました。日程に余裕がないと、決行に踏み切ることはできません。

それで波照間島はボツとなりました。泡波(波照間の貴重な泡盛)は断念してもらいました。

初めて訪れる土地の観光で、コンパクトに漏れなく楽しむには「観光バス利用」「ガイドさん利用」がとても有効なことを経験で知っています。ふんだんに時間があれば、右往左往も楽しみの一つなのですけれど。

私はとにかく、竹富島に半日はいたい、あの白い道をもう一度、ウロウロしたい、星砂を自分で探したい、という希望がありました。

あとはネットでツアーを探しました。

西表の「ケービング」と「星空」に目を留めました。ダイビングという選択もありましたが、ダイビングは前年の慶良間がすごく良くて、慶良間ブルーでトドメを刺した、という気がしていました。

結論を先に言うと、上記ケービングと星空のツアーはとても良くて、(幸運にも恵まれて)ここに紹介します。

https://iriomote-tour.com/plan/trekking044

https://iriomote-tour.com/plan/nighttour081

スタートがいずれも上原港です。なので上原港近くのホテルを予約したのですが、旅行前日まで欠航が続いていました。クルマで1時間の大原港には通常運行していました。

という波乱の幕開けとなった旅行でした。

2018年11月西表島旅行(その2)に続く

初めての北海道 3泊4日の旅 最終日

まず北海道大学に向かいました。

まるで公園です。

 子供たちが遊んでいました。

古河講堂です。 古河財閥の寄付だそうです。

総合博物館です。 期待通りの充実ぶりで、丹念に見てまわりました。

ナウマンゾウです。

なんだか忘れました。

一服して, 

農学部のソフト食して

外に行ってポプラ並木です。 

素敵なところです。

北海道大学をあとにして、向かったのは大倉山ジャンプ場です。地図で数キロだったので、時間節約のためタクシーで向かいました。

 上から見ると目が眩みそうなエスカレーターです。

 ジャンプ場全景です。

ナショトレ 

リフトで登ります。

 踏切台です。

てっぺんです。 選手は海に向かって飛んで行きます。

帰りは怖かった。まるで垂直に降りて行きます。

札幌オリンピックミュージアムに行きました。

お子様向けかもしれませんが、他にお客さんもいなかったので、ジャンプのシミュレーターをしっかりやらせてもらいました。137mのジャンプで、係のお姉さんは「立派です」と言ってくれました。ボブスレーの体験シュミレーターもありました。一人でしたけど、やってみました。画面のカーブに合わせて体重を右に左に動かすのです。スケルトン、リュージュなどとともに体験してみたいスポーツの一つだったので、満足しました。

真央ちゃんのスーツです。

日の丸飛行隊(笠谷・金野・青地)の板です。(知ってる人は減ったでしょうね)

ということで、初めての北海道旅行は終了しました。

お土産の数々です。

初めての北海道 3泊4日の旅 三日目

今日は札幌発の「旭山動物園と青い池バスツアー」です。12月の平日金曜なのに、15名の参加でした。

さて、動物園入り口からの光景です。

とにかく、このシロクマ君にしびれてしまい、シロクマ君だけで31枚も写真を撮ってしまいました。

 TVの映像で、プールにザブンと飛び込む絵がよくありますが、あれって実は・・ 水槽の前にいる僕たちの頭が水の上に出てて、アザラシだと思って本能的に飛び込んじゃうんだそうです。・・あ~、そうだったの。。

でっぷり太ったアザラシ。僕みたい。

 タヌキと目が合ってしまった。

木のコブが2つあると思ったら フクロウでした。

残念ながら金網に焦点が合ってましたが、あまりの可愛さに削除できず、掲載します。

キタキツネって巣穴であったかくして寝るのかと思っていましたがこの通り。 雪のなかでも平気なようです。

旭山動物園内です。 広い園内ですが、散歩するのもいい感じです。

ただ、残念なことが1つ。公園内レストランで最安値メニューがこちら。 旭川ラーメン、1,000円です。これがガッカリ。観光地料金とは言え。。 旭山動物園の入園者数はピークから半減したそうです。こんなことするからじゃないか、と毒づいています。今年はパンダでもっと減るでしょう。こんな事しちゃ、いかんな~。食いモンの恨みは恐ろしいんだから。

それはともかく、JAの美瑛選菓に寄って、いよいよ青い池です。つもりとしては、12月上旬はまだ氷っておらず、周りは雪で白く、青い池が眺められると思っていたのですが、今年は寒く、もう真っ平の真っ白らしいのです。ちなみに青い池は地理的には「水たまり」なのだそうです。

バスの車外気温を見るとマイナス11.4度です。どんな凄いことかと思いましたが、体感はそうでもありません。着る物着て、履くものを履けば大丈夫、ということでした。ユニクロの極暖は凄い。ユニクロの「今日は暑いからもう1枚着る」というのは信用していませんが、極暖は効果大だと思いました。

青い池です。 綺麗。

照明の色が変わります。

その後、白ひげの滝に行きました。 滝壺は青いそうですが、夜ですから見えません。水煙が上がっています。これ、空気が冷たいので、湯気なんじゃないでしょうか。

夜10時、ホテルに到着し、三日目を終了しました。

 

初めての北海道 3泊4日の旅 最終日 に続く

 

初めての北海道 3泊4日の旅 二日目

ホテルの窓から見る朝の函館山です。

楽しみにしていたラビスタ函館ベイの朝食です。 イクラ盛り放題です。お代わりしたいのですが、「もう入らん、これをトシと言うのか・・」と思いました。

部屋には自分でコーヒー豆を挽くセットがありました。 美味しかった。

小樽に向かいます。 スーパー北斗です。飛行機との選択で、雪原を見たいとうこともあり、料金的にもグリーン車を奢りました。

 鈍色の海です。

小樽は駅から海が見えました。

 旧日銀小樽支店(歴史的建造物)です。

その中、窓口です。 

「誰が来るんですか?」と訊くと、館長さんが出てきてくれました。

「(民間)銀行が預けにくるんです。預金準備・・」 私にはこれで分かりました。「第一銀行や三井銀行がくるんですね。今は準備率はないけど」 日銀OBであることは明らかでしたので、ここぞとばかりにいくつか質問をしたのですがここでは割愛します。

日本銀行那覇支店は、予約なしで入れる見学室のある唯一の日銀支店なのですが、お土産グッズはありません。

ここ旧小樽支店は一応商業施設らしく、グッズ売り場がありました。小樽支店の建物の形をした箱に入ったクッキーを買いました。これが凝っていて、蓋を開けると金庫のフタがまたあるのです。

次は小樽運河です。

 雰囲気あります。

小樽市総合博物館の展示物の1枚です。 こんなに船があって、今の東京湾以上ですね。

下駄の爪掛けです。雪仕様なのかな。 こんなの、あ~、あったな~って感じで超久しぶりに見ました。

こんな大きな倉庫もありました。

売り家です。 二重玄関です。沖縄のコンビニを思い出しました。沖縄は台風の風対策なんですけどね。

 札幌に戻って、ご当地パンを買いました。北海道の人には懐かしいかもしれません。

札幌に戻って、夜です。地元居酒屋で食事して、時計台を見て、大通公園に行くとイルミネーションがありました。

ということで二日目が終了しました。

初めての北海道 3泊4日の旅 三日目 に続く

初めての北海道 3泊4日の旅 一日目

北海道には行ったことがありません。行くなら冬だろう、と思っていました。とは言え、最高気温がマイナス、とか想像がつきません。会社の北海道出身者に訊きました。首回りの保温と雪靴が必須とのことでした。

ネットで見ると、アイスバーンではスパイクというか滑り止めがないとダメみたいなことが書いてありました。一方で、道民であんなの付けるのは小学生だけだという文章もありました。そんなこと言っても滑って転ぶのは痛いし濡れるので、雪靴と合わせアマゾンで購入しました。

羽田から函館に入りました。まず向かうは五稜郭です。 この美しい形を見ることが今回の旅行の目的の1つでした。土方歳三が、榎本武揚がここで戦ったのかと思いを馳せました。。

箱館奉行所です。

私には珍しく、美しい雪景色です。

ラッキーピエロがありました。 ハンバーガーショップです。道南にしか出店せず、顧客志向で、地元ではトップシェアをとる戦略です。娘が自営業を始めるとき、ラッキーピエロの社長さんの本を買って、読ませました。

看板メニューのチャイニーズチキンバーガーです。

店の雰囲気はこんな感じ。  窓の向こうはフェリーです。

石畳の八幡坂です。

ナナカマドです。 函館は大火が何度かあり、街路樹に防火林として植えられたと聞きました。

高田屋嘉兵衛資料館に寄りました。北前船の高田屋です。私の貸し切り(他に誰もいない)でした。沖縄生活が長い私には、北前船が琉球まで来ていたことを知っています。昆布を中国に密貿易する中継地でした。でも高田屋嘉兵衛は来てなかったようです。

函館市北方民族資料館です。 ここも私の貸し切りでした。展示物は興味深く、アイヌの切り紙紋様は期待通りでした。

ここで大きな疑問が生まれました。アイヌ民族とはよく聞きますが、琉球民族と言わないのは何故だろう、ということです。

アイヌの言葉の日本語との対照表をみると、一つ一つの単語は私にはまったくわからないのですが、文法が日本語と同じなのです。英語や中国語は「主語+述語+その他」の順序ですが、日本語とアイヌ言語は同じ「主語+その他+述語」という順序なのです。

ウチナー口(沖縄方言)も同じです。聞いただけではヤマトンチュ(本土人)の僕には理解不可能なのですが、文法は同じです。この点について、資料館で説明を求めましたが、「今日は学芸員がいない」とのことで話は聞けませんでした。

そもそも民族って何でしょうか。そっちの方はまったく知識がありません。思わずその場でWikiを引きました。

民族とは土地・血縁・言語・宗教・伝承・社会組織などの文化的特徴で区別される共同体だそうです。でも一致しない場合が多く、民族概念への帰属意識なんだそうです。

6年間のオタク沖縄生活のなかで知っています。上記の文化的特徴という点では琉球は十分だと思います。でも、立場によって感じ方は違うと思いますが、20歳前後から50歳前後のウチナンチュ(沖縄生まれの沖縄育ち)から民族という言葉を聞いたことがありません。

素人の私の意見としては、沖縄の混血度合いの高さと開放性のような気がしています。琉球は北海道の昆布からマレーシアの胡椒、紫檀まで海洋交易が盛んでしたし、中国や朝鮮半島から多くの人が渡来し、定住しています。約600年前の三山抗争のころ、鎧は日本風でした。チャンプルー文化とは言いえて妙です。沖縄なのに真っ白い肌の人、毛むくじゃらの男性(これは多い)、南方体型の人、内地よりは多様な人たちで沖縄は構成されています。(と思っています)

これが「琉球民族」という言葉が一般に使われない理由だと思います。この件については今後も調べていきたいと思います。

いったん宿に戻って、ホテル敷地の高級回転ずしで腹ごしらえしました。 ショウガの乗った赤い肉はクジラです。

その後、函館のもう一つのメインイベント、函館山の夜景見物に向かいました。観光バスです。夕方から雪が結構な吹雪になり、キャンセル続出らしく、参加したのは4名でした。ロープウェイを降りると雪がやんでいました。 見事な夜景です。手前と奥がガスっているのは雪です。今日の函館は最高気温マイナス4度だったそうで、函館山が何度なんだかわかりませんが、相当な寒さと思われます。でも15分か20分の滞在時間では冷え切るまではありませんでした。

ホテルのすぐ前です。 Windows10のロック画面でみたツリーがありました。

ホテルの窓からです。時間によって色が変わります。 

ホテルの屋上には温泉があり、生まれて初めて、氷点下での露天風呂を味わいました。

北海道旅行1日目はここまでです。宿のラビスタ函館ベイは「朝食の美味しいホテル」でなんかのサイトで7年連続第1位だそうで、楽しみです。

初めての北海道 3泊4日の旅 二日目 に続く

気仙沼と平泉 二泊三日旅行記 その4(最終回)

 平泉2日目は中尊寺さんをゆっくり廻る目的で、JRで一駅、一関から平泉に向かいました。るんるんバスまで40分あり、観光案内所に行くと「あなたの足なら20分、タクシーでも1,000円かからないよ」と教えられ、月見坂のしんどさを昨日知っている僕はタクを選択しました。

違うコースで行くと、新しい発見はあるもので、中尊寺ハスの池がありました。 ご存知、四代泰衡の首を入れた首桶から出てきたハスの種が800年の年を超えて花を咲かせたものですね。

正面にはこんなお堂がありました。

 この素敵な坂を超えるとすぐ金色堂です。

讃衡蔵の売店で音声ガイドを借りました。お土産を買ったり送ったりして、ここのお姉さんには親切にしてもらいました。平日の朝ということもあり、他にお客さんが一人もいなかったこともあると思います。

昨日はお昼を食べる間もなく観光とお参りを優先し、寒さもあいまってここの売店で甘酒をいただいたのでした。

讃衡蔵の仏像や収蔵品を、音声ガイドに従って、すべてを相当ゆっくりと拝観しました。ほぼ貸し切りなのはありがたかったです。

金色堂では仏像の一人ひとりのお顔までよく拝見しました。7倍の単眼鏡を持忘れてきたのが残念でなりません。光背の彩色や、台座を飾る螺鈿や、高欄というのでしょうか、木材の角には象牙をはめ込んである様子など、よ~く眺めたかったのです。この画像は画像まとめサイトから拝借しました。

でも、昔の人はこんなに近くで眺められたはずはなく、全体として極楽を模したお堂を見たのだろう、と思い納得させました。

ただ、以前NKKスペシャルで見た、須弥壇の4㎝×4㎝の螺鈿は確認しました。沖縄の夜光貝を持ってきたそうです。沖縄で琉球漆器の工房にお邪魔したとき「中尊寺には4㎝×4㎝の螺鈿があるって聞いた」と言ったら、職人さんが目を丸くしていた代物です。ついに見ることができました。

音声ガイドはパンフの文字をクリックすると、その場の説明が流れる仕組みで、毛越寺さんなどを含め平泉中の名所名跡をカバーしています。昨日の復習ということで全て拝聴しました。

なんだかんだ5時間くらい中尊寺さんに滞在して、歩いて平泉の駅に向かいました。途中、卯の花清水に寄りました。 

芭蕉に同行していた曽良(そら)が、義経のために老体に鞭打って討ち死にした兼房を称えて「卯の花に 兼房見ゆる 白毛かな」と詠んだのです。もっとも兼房は架空の人物だって聞いたことがあります。

テクテク歩いていくと、無量光院跡に出ました。 今、発掘の最中です。

早めに駅に向かったのは、盛岡以北で低気圧による強風が吹いていて、東北本線が遅れている、と知ったからです。駅に着くと、運休もあったけど、95分遅れ!ですがとにかく動いていることがわかりました。

ここは「わんこ蕎麦」だ、と思い、芭蕉館に行きました。昨日のレンタカー屋さんのお兄さんも芭蕉館って言ってましたから、地元では有名なお店と思われます。 てっきり蕎麦をよそってもらうものだと思っていたら、今は写真のように自分で移して食すのがスタンダードのようです。中尊寺駐車場周りの蕎麦屋のサンプル写真もこうなってました。

95分遅れの電車で一関に着きました。警戒しすぎて新幹線まで2時間以上ありました。それで観光地図をみて、世嬉の一の酒の民族文化博物館に行ってみることにしました。

 

杉玉です。私の祖母の家が造り酒屋だったので、そうそう、こんなのもあったよな、って感じでした。

 

こんなポスターもありました。

駅まで戻って、まだ時間があり、喫茶・軽食の店に入りました。そこで見たのが「曲がりネギの蕎麦」の文字。昼にわんこ蕎麦食べたよね、と思いつつ、興味のほうが勝り、頼んでしまいました。

 確かに甘い。辛くない。ネットで見ると、育ったネギをいったん抜いて、斜めにしてまた土をかけるんだそうです。

その後新幹線はほぼ時間通りに発車、ず~っと、退職したら行くんだ、と思い描いていた中尊寺を訪ねる「気仙沼・平泉の旅」を終了しました。

気仙沼と平泉 二泊三日旅行記 その3

中尊寺さんの町営駐車場に入れようとして「武蔵坊弁慶の墓」があるのに気づきました。

中尊寺さん入り口の月見坂です。 ご覧のとおり人影まばらで、伊達家が植えたという杉並木は立派なもので雰囲気があります。

結構きつい坂ですし、雪の影響か、ぬかるんでいます。ヒールのある靴を履いた女性とすれ違いましたが、滑ってすべって、左のロープにしがみついていました。

弁慶堂です。 背負っていた笈だの色々収蔵品があると書いてありましたが、シーズンでしょうか、扉が閉まっていて見ることができませんでした。

薬師堂です。

郵便ポストは雰囲気を損なわないためでしょう、こんな色でした。

本坊表門です。

本堂です。

大日堂です。 小ぶりなお堂ですが、入っている仏像はたいしたものです。中央に金剛界大日如来、左手には千手観音と脇侍、不動明王と童子、右手には胎蔵界大日如来と不動三尊が置かれています。しばらく動けませんでした。

次に讃衡蔵(宝物館)に向かいました。入ってすぐの、中尊寺本尊の阿弥陀如来坐像、両脇の薬師如来坐像に圧倒されました。一丈六尺の仏様の坐像ですから、2.67mの大きさです。その偉容は圧巻です。でも、しばらく拝顔しているとやさしいお顔に見えてくるから不思議です。

私に続いて高齢のご夫婦が入ってきました。ごく小さな声でお経をあげました。とてもうらやましく思いました。中尊寺さんは天台宗で、実は私も天台宗です。般若心経を覚えておきたい、と思いました。

紺紙金銀字交書一切経は期待通りでした。驚いたのは金字宝塔曼荼羅です。紺地に金で細かく宝塔が書かれているのは知っていましたが、本物を見て驚きました。宝塔の絵はお経で書かれていたのです。12世紀の美しいタイポグラフィーです。(なんでこんな言われ方しないのかな?)

金剛華鬘の繊細さにもシビれ、螺鈿にも感激しました。華鬘(けまん:仏堂などの飾り)を模した栞がこちら。

次に金色堂が待っているもので、後ろ髪を引かれる思いで讃衡堂をあとにしました。

TVなどの映像で見慣れた金色堂覆堂がこちら。 

金色堂と阿弥陀様は思っていたよりも小さかったです。直前に見た讃衡蔵の本尊様に圧倒されたあとだったからだと自分で思います。脇侍は観音菩薩、勢至菩薩で、地蔵菩薩6躯、持国天と増長天の計11躯で構成され、これが3対あります。すべてが金で覆われ、金ピカでありながら華美とは思えず、静謐のなかに荘重な空気を作っていました。なかでも驚きは持国天立像です。衣を翻し踊るようなポーズです。躍動感がある仏像は初めて見ました。 この写真は他のサイトからお借りしました。

お経をしまっていた経堂です。

白山神社能舞台です。 雰囲気バリバリです。

以上で中尊寺さんをあとにし、平泉文化史館に向かいましたが閉館していました。次は高館義経堂です。こちら。

供養塔です。

高館から見る北上川です。

その後、柳之御所資料館に行きました。完全貸し切りでした。藤原氏の政庁だったそうです。お寺と違い、生活感のある収蔵品が多く、面白かったです。

帰り道の平泉道の駅で見つけました。  「がんづき」と「じゅうね餅」です。見たことも聞いたこともないシロモノです。

レンタを返す時、お兄さんに訊きました。「がんづきって知ってます?」「知ってますよ」と即答でした。私の表現で言えば、蒸しパンです。「じゅうね」はエゴマです。

以上、気仙沼と平泉の旅2日目でした。

気仙沼と平泉 二泊三日旅行記 その4 に続く

気仙沼と平泉 二泊三日旅行記 その2

実はこの前々週12月初旬、北海道に行っておりまして、美瑛町でマイナス11.4度を経験しました。この時期としてはかなりの寒波で、当然、雪です。

気仙沼は海沿いだから雪がほぼ無いことに違和感はなかったのですが、内陸の一関・平泉は当然雪だと思い込んでいました。

ところが、雪はほとんどありません。いそいで前夜、ネットでレンタカーを予約しました。「るんるんバス」で廻ろうと思っていたのですが、助かりました。

レンタがあると、パスするつもりだった厳美渓や達谷窟(たっこくのいわや)見物が可能になります。

厳美渓です。 デコボコ岩に氷が張っていて、危ないです。すぐそこで立入禁止になっています。冬以外の季節に来るところです。

近くに達谷窟毘沙門堂があります。征夷大将軍坂上田村麿の創建という歴史です。 毘沙門天を祀っているのに鳥居があります。神仏混淆ですね。毘沙門堂がこちら。  岩をえぐってお堂を建てています。結構な迫力です。立派なお寺です。奥には大きな摩崖仏もあります。大分県で見た摩崖仏以来の大きさでした。

続いて毛越寺さんに向かいました。

大泉が池の州浜です。

 半分凍っています。

 写真では薄暗いとしか見えないのですが、とにかく人影まばらということも手伝って、森々とした杉の木立に囲まれて、鈍色に霞む空気は幽玄とした雰囲気でした。とても良かったです。浄化される気がしました。癒される、というのはこういうことかと初めて思いました。

実は翌日もう一日平泉を廻る予定にしていたのですが、毛越寺さんは記憶がすごく鮮明で、なぜか「記憶を大事にしたい」なんて思って、翌日二度目の訪問はしませんでした。

池中立石です。

池に水を引いた鑓水です。

 常高堂まえのお地蔵様です。お地蔵様と気楽にお呼びしますが、地蔵菩薩というくらいですから、仏様のなかでは如来に次ぐランクです。菩薩でも装身具をあまり身に着けません。日本では道祖神とごっちゃになっていると思っていますが、子供の守り神(仏様ですけど)としての信仰もあることから、親しみやすい姿かたちがほとんどです。多くの仏様の前では背筋が伸びるのですが、お地蔵様の前ではホッと力が抜けることが多いです。なかでも、このお地蔵様は微笑みをうかべているようであり、こちらも笑顔になりそうです。

宝物館の熊野三神像です。神様でも脇侍というかは存じませんが、真ん中の神様より右脇の椅像のほうが高いのは珍しく思います。 こんな写真を撮ってしまいました。撮影禁止の札が、探したけど無かったと思うのです。そんなはずはなかろ、とは思うのですが、とにかく貸し切り(入館者が僕一人)だったので、こっそり撮ってしまいました。

とにかく毛越寺さんにはシビれました。

観自在王院跡を横目に見て、次に向かったのが義経妻子の墓です。  義経公のお墓はここか、と感慨がありました。ここには駐車場がありません。12月というシーズンだから置ける場所があった、というところです。

次には平泉文化遺産センターに向かいました。ブラタモリの平泉編を見ていない方は、こちらにある毛越寺さんのCGをご覧になることをお薦めします。番組で紹介されたのと同じ、毛越寺さんの、今はない臨池伽藍と池に架かる橋をCGで再現したものを見ることができます。でも、今日の僕の感想としては「見てみたいけど、再建などせず、無くていい」でした。それほど今日の荘厳な雰囲気にマイッたのでした。

そしていよいよ中尊寺さんです。ドキドキしながら運転しました。

気仙沼と平泉 二泊三日旅行記 その3 に続く

気仙沼と平泉 二泊三日旅行記 その1

中尊寺さんには、昔からお参りしたくて拝観したくてずっと機会を待っていました。

子供のころ何度も読んだ義経記(少年少女世界の名作文学、山本和夫著、川端康成監修)で僕のヒーローの1人だった源義経ゆかりの地であり、終焉の地ですから、ずっと行ってみたいと思っていました。

また、学生のころから始まった重要な趣味の一つである寺社仏閣巡り、お参りしての仏像拝観は大好きで、金色堂はどうしても行ってみたいところでした。

私は天台宗で、中尊寺さんはその東北大本山というご縁もあります。

何年か前のNHKスペシャルで取り上げられ、先月はブラタモリで紹介された場所でもあり、興味はいよいよ増すばかりでした。

それと、このたび旅行を実現するにあたり、もう1ヵ所寄りたい所がありました。

津波の痕を、この目でみておきたかったのです。後世に語り継ぐべきだと思っていますし、そのためにも体感しておきたかったのです。

宿は一関でしたので、気仙沼を訪れることにしてコンベンション協会語り部さんにガイドを予約しておきました。

一関から気仙沼行きの列車は2両編成の単線です。

気動車です。単線の気動車(ディーゼル車)てのは味わい深いです。久しぶり。

12時前、気仙沼駅に到着、まずは昼食です。事前に情報を得ていた「あさひ鮨」です。タクシーの運転手さんもお勧めでした。

海鮮丼  見るからに豪華です。

鮪のスジの串焼き  安くて旨い。お勧めです。

昼食後、いよいよ震災あとを巡るツアーです。

上のほうに「ここまで水が来ました」の表示板があります。

気仙沼港です。

建設中の防潮堤です。

盛り土をしています。 土留めの袋に数字が書いてあります。土留めは他県からの借り物で、返すにあたっての確認用なのだそうです。

民間の船は「〇〇丸」ですが、官庁の船には「丸」はつかないんだそうです。そういえば自衛艦には「〇〇丸」はないですね。これは水産庁の船です。 

 あとから来た船のロープは、すでに架かっているロープの下からくぐらせて舫うそうです。そういわれてみれば、そうじゃないとね。

 補助の申請が遅れた家は、まだ被害の痕がそのままです。

語り部さんが言っていました。「津波が来るとなったら、上へ逃げるんだ。40分あるからっていってもクルマじゃ渋滞で逃げられない」「引き波がすごいんだ。海岸あたりの土は1メートル持っていかれた。防波堤の下には砂がない」

  陸まで持ち上げられた船だそうです。英2文字は都道府県名で「MG」は宮城の船の印です。

復興途中の、妙に小綺麗な市営住宅になにか寂しさを感じたり、土を盛っている工事中のところを見て、頑張ってくださいと思ったりしながら気仙沼をあとにしました。

一関に戻って、前沢牛を食べに出ました。

 前沢牛のロースとカルビ、岩手短角牛だそうです。

 タンと冷麺もいただきました。

以上1日目でした。